「ダメだって!目の前の女を本気で好きになれって!」
「すみません!」
「もう一回!」
「はい!」
そこから何回もやらされて、演出家からOKが出た時には精神的にボロボロになっていた。
そして稽古が終われば、みんなでご飯を食べに行ってお芝居の話をして盛り上がった。
アルバイトと稽古の毎日。公演がある時には、大道具、小道具、衣装、その他あらゆる雑用を新人の自分がやった。そんな毎日は心身共にクタクタだった。けれど自分のやりたかった俳優をやれている実感は心をとても充実させた。
この毎日を一生懸命やっていればいつかきっと自分はスターになれると本気で信じていた。
劇団に入って4年目になる頃だろうか、ようやく主役をやらせて貰える事になった。
「頼むぞ。」
劇団の代表はそう言って背中を叩いた。
「はい!」
不安と高揚感が入り交じって体が小刻みに震えた。
実家にいる両親、親戚、アルバイト先の人間、とにかく知り合いという知り合いに声をかけて、お芝居のチケットを買って貰った。
決して大きな劇団ではなく、チケットはほぼ手売り。劇団のファンの人も少なからずいるが、それでもまだまだ自分達で売らないといけない。けれどそんな事は自分にはさほど問題ではなかった。
初の主役。
これ程嬉しいことはなかった。
無事に主役を努めてから2年がたった。東京に来て6年。24才。相変わらず六畳一間の部屋に住んでいる。
だけど徐々に劇団で主役をやる回数が増えてきた。
「宜しくお願いします!」
そして新しく劇団に入ってくる人間もいる。けれどその一方で辞めていく人間も少なくなかった。
「他の仕事をやろうと思うんだ。」
「劇団じゃなくて芸能事務所に行く。」
「ここのやり方が気に入らない。」
理由は様々だが、やはり人がいなくなってしまうのは寂しかった・・・。
「寒む。」
12月。家に帰ると思わず口にしてしまう。ボロのアパートの窓が風でガタガタと鳴っていて、その音が寒さを増長させた。
「・・・。」
静かで冷えきった部屋に帰るとどこか不安を感じさせた。
さらに2年が経過した。
他の劇団に呼ばれる、いわゆる『客演』として他の劇団に出演する機会も増えて来た。お芝居を見てくれた人が気に入ってくれて呼んでくれる事もあるが、単純に長く続けていれば横の繋がりも出てくる。その関係で呼んでくれる事もあった。そして舞台だけではなく、映像の仕事も僅かだが入ってくるようになってきた。WebCMだったり企業VP、それも横の繋がりから貰ったものだ。
「末次さん。」
周りの人間からは「さん」付けで呼ばれる事が多くなった。自分の中では現状に満足はしていないが特に不満も感じてはいなかった。経済的にはまだまだ不安はあるけど、このままやっていけば劇団も大きくなっていくだろうし、将来はなんとかなるんじゃないか。そう思っていた。
けれど、現実はそんなに上手くはいかなかった。
「劇団を解散しようと思う。」
ある日、代表が自分に相談してきた。代表の言い分は経済的にも将来的にも劇団を続けていく事の限界を感じたからだった。当然反対した。けれど代表の意思が変わる事はなかった。
そして1年後、予定していたすべての公演を終了して劇団は解散した。
あんなに突っ走ってやってきたものが呆気なく無くなってしまった。
居場所をなくした自分は芸能事務所に入った。
芸能事務所は劇団とは少し様子が違った。簡単に言えば芸能事務所は『お金にならないことはやらない』所だ。今までは殆んど金にならない事でも自分の劇団を大きくするためにやってやろう、みたいな所があったが今回は違う。慈善事業ではないから当たり前かもしれない。
そして流れに身を任せるまま年月は過ぎた。