「あ、長峰君?」
「はい!」
「どうぞ、入って来て。ちょうど良かった。」
佐久間君はそう言って長峰君という男の子をこっちのソファーの所まで連れて来た。
「末永さん、紹介しますね。今日からうちの事務所に入る事になった長峰翔太君です。」
「長峰翔太です。宜しくお願いします!」
爽やかな笑顔で長峰君は深々と頭を下げた。こちらも「宜しくお願いします」と一礼する。若くて長身の上にイケメンだ。
「こちらは末永さん、うちの事務所の俳優です。」
「はい、HPで拝見しています。宜しくお願いします。」
またしても爽やかな笑顔を向ける。
「いくつ?」
「20です。」
「学生?」
「はい。大学に在学中です。」
「そう。頑張ってね。」
「はい!ありがとうございます!」
こちらの質問にハキハキとフレッシュに返事をする。
「末永さん、すみません、ちょっと長峰くんとこれからの事を話してもいいですか?」
佐久間君が申し訳なさそうに言ってくる。
「どうぞ。俺、ちょっとここで台本読んでっていい?」
「もちろんです。何かあったら言ってください。」
そう言って佐久間君と長峰君は奥のデスクへと向かった。
「・・・。」
長峰君の真っ直ぐに伸びた背中からは何か希望に満ちたものを感じた。20の時と言えば自分は劇団に入って二年目だった。
まだまだ『若さ』を羨ましがる年齢じゃない。
けれどどこかあのフレッシュな感じは今の自分は持ち合わせていない。
青森から上京したての頃は自分もあのくらいのフレッシュ感は持っていたと思うけど、きっとどこかに置き忘れてきてしまったのかもしれない・・・。
――――17年前。
それはまるで理想とは程遠い部屋。
風呂なし、トイレ共同、六畳一間、木造アパート、築40年。
下見の時から狭い部屋だとは思っていたが、荷物を入れると狭い部屋がさらに狭くなった。快適だった実家からいきなりの落差にかなり不安があったが、それよりも新しい生活にワクワクしていた。
ここから自分の生活はスタートするのだ。
俳優として大成功し、テレビや映画、雑誌なんかにバンバン出て、街中の黄色い声援に応える日々を妄想する。
「すげー訛ってるね。」
劇団に入った初日、劇団員に突っ込まれた。
「そうだね。訛ってるね。」
それに同調するように他の劇団員も半笑いで頷く。
「え、そうですか?」
「それも訛ってる。」
予期せぬ突っ込みに動揺を隠せない。訛ってるなんて自分では思ってもみなかった。
「オーデションの時は何も言われなかったんですけど。」
「審査したの代表と制作の二人だけでしょ。訛りの審査なんてないからね。」
「そんなに訛ってますか?」
「かなり。」
「・・・。」
ショックだった。今までそんな事を言われた事なんて一度もなかった。青森ではどちらかと言えばイケメンの部類に属していると思っていたが、訛っているのかと思うと急に恥ずかしくなってきた。
「まぁ、それも味っすよね。」
そんな強がりを言うのが精一杯だった。
そして東京と言う街は想像以上に『東京』だった。
人が多い。
みんな歩くスピードが速い。
駅で迷子になる。
5分ごとに電車が来る。
電車の車両が多い。
街が夜もずっと明るい。
みんなオシャレで格好いい。
すべてが自分の想像をはるかに超えていた。
「おお~。」
そして近所の公園から東京タワーが見えた。遠くて小さいけれどやっぱり東京タワーは東京のシンボルのように見えた。
「・・・。」
改めて思う。ここで自分は光り輝かなくてはいけない、負けるわけにはいかない、圧倒されてはいけない、必ずスターにならなくてはいけないのだと。
「全然気持ちが伝わってこないよ!」
劇団の稽古中に演出家から激が飛んだ。
「もう一回!」
「はい!」