(3)シノブグサ
子供のころから一人が好きで引きこもりがちの私は、大人になった今でも外に出るのに勇気がいる。それはどこか特別なところに行く時ではなく、毎日毎日出かける場所でも。自分の家から外に出るだけでちょっとした緊張を味わう。
私は家から車で十分程のところにある公民館に勤めている。そこは職員が四人しかおらず、私以外は二十歳以上年上のおじさんで、緊張して仕事をする環境ではないのだが、なぜかいつも少しばかりドキドキしながら出かけて、おはようございますと仕事を始める。
「はいはい。行っておいで。」
ゆう君は私が出かける時間になると部屋から出てきて、テンション低くそう言いながら私の頭をなでたり、ほっぺたを引っ張ったりして送り出してくれる。これは子供のころからの私たちの習慣で(というか、一方的に私の習慣なのだが)どんなに寝ぼけていても、とにかくそれをしてもらわないと、私は外に出るのにもう少したくさんの勇気が必要になる。
外に出てしまえば、もうそんなことは忘れてしまって、いつも明るいゆこさん(私の名前は「ゆうこ」というけど、縮めて「ゆこ」と呼ばれている)になるのだが、そこにたどり着くまでの私は、子供の頃から何も変わっていない引きこもりぎみの私なのだ。
「ただいま。」
「おかえり。」
何やら外からゆう君の声が聞こえる。私は荷物を抱えたまま裏にまわる。私たちの家には庭というか雑草が伸び放題の小さな空き地のごとき裏庭があって、ゆう君は時々そこに居る。(もちろん、掃除とか草引きとかをするわけではない。)
「押し花にして、しおりにしておけ。」
ゆう君は雑草だらけの裏庭の一番端の、崩れたコンクリートが積んであるところから大きな葉っぱを持ってきた。いつもと同じだから大丈夫っていう名前の葉っぱらしい。
小さいやつを選んでくれてはいるけど、本からは確実にはみだしそう。
「でも、行ってらっしゃいはしてね。」
というと、ゆう君はあくびをしながらうなずいた。
(4)ナデシコ
ゆこが黙々と作業をしている。朝からなのでかれこれ四時間くらい。時々背伸びをしたり首を回したりして、また続ける。
日曜日はお休みの日。基本的に在宅で仕事をしている僕はカレンダーなど関係ない生活なのだが、日曜日は休み。ゆこが決めた。
ゆこが借りてきたショーン・タンの本を読みながら見るともなくゆこの手元を観察する。
箱の中に小さな花を量産中のようだ。
「一緒にやる?」
「やらない。」
「やろうよ。」
「やらない。」
僕は本に視線を戻す。そのページの上にゆこができたての花を並べる。さすがに飽きてきたようだ。
「あと少しなの。」
ゆこは花になるのを待っている折り紙を僕に見せる。確かにもう少しのようだ。
「あと何枚?」
「わかんない。これだけ。」
ゆこは僕の返事を待たずに説明を始める。半分に折って、三角に折って、三角に折って、半分に折って、先を丸く切って、開いて、細かく切り込みを入れて。
「なでしこ。」
「なでしこ?」
ゆこは得意げに開いた花を見せる。花の種類はともかく、以上の工程で花が出来上がるようだ。
「おばあちゃんが児童の家のお誕生会で使うんだよ。後で持って行くの。」
ゆこのおばあちゃんは幼稚園の先生を引退した後、土曜日と長期の休みだけ児童の家の支援員をしているのだ。
「ゆう君器用。」
ゆこは僕の作った花を手のひらに乗せる。二つ三つとゆこの手の上で花が咲いていく。ゆこはそれをそっとなでる。
「優しい気持ちになるね。」
「そう?」
「うん。」
ゆこは手の上の花を二枚エプロンのポケットにしまう。
「おばあちゃんのでしょ?」
「二つだけ。私の。ゆう君が作ったから。」
ゆこはなぜか得意げに、そして、嬉しそうな顔をする。
箱の中で花が咲く。いつもの静かな日曜日に、優しいピンクの色をした。