【ARUHIアワード11月期優秀作品】『オハナミ』松本侑子

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

私のある日。夏から秋。

(1)ユウゲショウ

 夏休みで同級生が里帰りすると、ゆう君は度々呼び出される。お盆を挟んで二週間ぐらいは、夜はあんまり家にいない。
 私はというと、友達はごくわずかしかいないので、そういうことはほとんどない。ちかちゃんは、夏休みはアルバイトで帰ってこないし、みゆさんはお盆もお仕事をしている。
それに、私もお盆は交代で出勤がある。なので、ちょっとだけ人口の増えるお盆の期間中、私は特に外出もせず、夜はお留守番がてらだらだらする。
 ゆう君が三回目の飲み会に呼び出されていった夜、ちょっとだけ涼しい風が吹いていたので、エアコンを消して、窓を全開にして、扇風機を独り占めしながら、まだ夕暮れの裏庭を眺めていた。知らない花が咲いている。
 去年も咲いてたかなあ。と思いつつ、私はとりあえずその花を写真に撮る。そして、おばあちゃんの携帯に送信。
 小さくて、全体的に丸くて、首がすうっと長くて、ビビッドなピンクで。見たことのある花なんだけど、思い出せない。電話が鳴った。
「オシロイバナよ。」
電話の主はおばあちゃんだった。オシロイバナか。子どものころ遊んだ記憶がある。おままごととか、色水遊びとか。種を割ると白い粉が出てきて、鼻の頭とか額に付けて変身ごっことかもしていた。でも、毒があるというのを後で知って、それ以来オシロイバナでは遊ばなくなった。
「ユウゲショウって別名があるのよ。」
オシロイバナは夕方から翌日の午前中にかけて咲く。そして、種の白い粉を白粉に見立てて、ユウゲショウ。なんだかちょっと艶っぽい名前だ。
「ゆこもたまにはばっちりお化粧してゆう君を待ってたら。びろびろのティーシャツじゃなくて、浴衣でも着て。」
 電話の向こうでおばあちゃんがそんなことを言った。
 う~ん。とりあえず、新しい口紅でも買おうかな。

(2)ホウセンカ

 お隣のおばあちゃんは花を育てるのが趣味。お庭にも玄関先にも季節の花がいつもたくさん咲いている。私はだめ。花はすぐに枯らしてしまう。好きなのに報われない。どんなに簡単に育つといわれても、育てられたためしがない。サボテンだって枯らしてしまうのだ。
 そんな訳で、色鮮やかな庭は憧れでしかなく、もっぱら散歩の途中で眺めるだけになってしまった。(我が家にも裏庭はあるけど、雑草だらけでどうにもならない。というか、どうしていいのかわからない。)
「ホウセンカだ。」
「お隣のおばあちゃんにもらったんだよ。」
庭に咲いたとかで回覧板をまわしに行ったらおばあちゃんが摘んでくれたのだ。ぴんと伸びた葉っぱの間に赤い小さなひらひらの花がいくつも咲いている。
「触らないで。っていう意味の花だよ。」
ゆう君は珍しく私が大きなコップにいけた花をしげしげと見つめている。
「女心の花って言ってたよ。」
「なるほどね。」
ゆう君はまだ花を指で触っている。
「そういえば。ゆう君の家に咲いてたね。」
ゆう君はようやく花から離れると冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出す。
「母さんが離婚した時、庭にたくさん植えたやつ。ゆこが引っ越してくる少し前。」
 私は何とも返事ができずに下を向く。聞かなくても良い事を聞いてしまい、ゆう君に言わなくてもいい事を言わせてしまった。
時々、こういうことが起こる。そんなつもりは全くなかったのに、相手の傷を見てしまう事。相手の痛みに触れてしまう事。ゆう君のお父さんがいないのは知ってたけど、あんまりその話を聞いた事は無い。
「牛乳入れる?」
「うん。」
アイスカフェオレ。ちょっぴり苦い。

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