【ARUHIアワード11月期優秀作品】『アンディと陸と凪街と』もりまりこ

 オワル、りいじょんガオワルノダと、オートマティックにただその言葉だけが空の頭のなかに浮かんでいた。ぼんやりとユキチを見たら目があってなんとなく空の肘のあたりを摩ってくれた。<だいじょうぶ>って唇が動いて、その思いをなぞるように空は頷いていた。
 星が席を外した時に、みんなしんみりとしていたら、ユキチが空に話しかけた。白いってそれだけで余韻だよねって、言って。だって余白っていうじゃんって畳みかけた。
 空はそれを聞いた耳が、きままにそうだねって思いながら、余白って白いっていうの、ちょっとすきかもって思って、気持ちを切り替えようとしてみた。
<入江海岸>での花火の取材の後、社員の何人かで空をみあげた夜。花火と花火の間のちょっとした凪だって、もしかしたら、余韻だし余白だったのかもしれない。男子が着ていた白いシャツ、<喫茶ブレス>の透き通ったガラスの器のなかのバニラアイスとか。
前のページまでぎっしりと字が埋まっていて、なにか続くんだと思ったら次のページはまっしろで。それもあるいみ余韻。
 とても答えにくいけれど、決して答えたくないわけではないときの、誰かの問いかけのあとのあのスペースも思えば、白い時間なのだ。
 そんなことを思っていたら急に陸との電話の会話を思いだした。
 空がしきりに余白を埋めようとしていることが、いいことなのかどうなのかわからなくなる。なにかをむりしてうめるのは、よくない行為なのかもしれないと。
 
<りぃじょん>が終わってから、空の日々がすこしだけ動き始めた。
 星に紹介された取材先だったちいさなPR誌で働くことになった。
 そこには、桜もユキチも星もいなかったから、なにもかもが始まりの場所だったけど。ひとつだけコマを進めたような気がするのは、何より陸が南の島から帰ってくることになったことだった。

「でさ、みつけておいてほしいんだ部屋。場所はあの<凪街>で。すっごい忙しいのはわかってるんだけど」
「部屋って陸の?」
「ちがうよ、俺のじゃなくてふたりのだよ」
「ふたりの?」
「だって、ふたりだろ。ふつう流れ的には」
 倒置法で陸が喋る時は、なにかに焦っている時だ。そういうことは焦って言ってほしくないのに、やたらとまくしたてた。
 悠久のとか樹齢千年とかを相手にしている人の話し方じゃないよぜんぜんってツッコんでおいた。
 ふたりの部屋をひとりでみつけるはめになった空。
 そしてやっとみつけた部屋があった。ふたりで暮らすには十分っていうぐらいの出窓の大きな部屋だった。
 あったよ、部屋って言ったら陸が、あのさ、いい? って問いかける。
「なに? いい? って」
「えっと、部屋は言ったら電気器具つけるよね」
「つけるよ。そりゃ暗いの嫌だもん。わびしいじゃん」
「そしたら、ぜったいひとりで先につけないでほしいの。俺が先に送っておくから照明器具を、宅急便で。だから俺の帰りを待ってほしいんだ。遅くなってもぜったい行くからさ。わかった?」
「え? よくわからないけれど、わかった」
 陸のお願いごとっていうのは時に不可思議なのだ。照明器具を空ひとりでつけてはいけない。ってどういう意味かわからない。「注文の多い料理店」みたいで、こわい。空はわからないまま電話を切った。陸は帰るためにしなければいけない引き継ぎがおそろしく煩雑らしかった。

~こんな記事も読まれています~