アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
ほんとうに誰もいいよっていってくれない。お忙しいところ失礼いたしましたって、失意の声を隠しつつ空は受話器をゆっくりと置く。
隣の席からも向かいからも同じような声が重なる。テレアポ疲れで締め切りどうする? ってなったとき、ふと指先がふれた雑誌などをぺらぺらとめくって、なにか浮かばないかなって、つらつらする癖があって。
空は今日もデスクでそれをしていた。たぶん、眉間に皺寄せたようなそんな顔をしていたんだろう。斜め前のデスクを見ながら。
「アイデアないんだったら、空せめて笑ってろ。笑っとけ。口角あげてにぃって。あんなに外回りしてんのにな、かわいそうにね」って声が聞こえた。
編集長の星だった。彼の名前は星旺次郎という。
アイデアないんじゃなくてさ、広告だしたいってところがみつからないつぅのって、むっとしたくなると、空はチーフの名前、フルネームを思い出し、思いっきり笑いたくなる声出して。星の王子さまのあの挿絵を思い出すのだ。
「笑えばさ、脳が勘違いしてハッピーになるらしいんだよ。ほんとかねって思うけど、そうらしいんだ。いいことがあるから笑うんじゃなくて、笑うといいことがあっちからやってくる。そういうこと。空も他のみんなも憶えとけ」
これなんど聞かされたことか。みんなも、うぃっすって適当に下向いて返事しながら、たぶんおなじことを思ってる。
タウン紙のライターをしている空は、次の広告先とテーマを探しあぐねていた。たいてい後輩の桜がもっていってしまう。この間なんて、年末のお掃除お助けグッズランキングと達人に聞くクリーニングテクニックとかっていう、他でもやってるようなアイデアを無難に提出してすんなりオッケーもらってた。取材場所つまり、広告だしますよっていってくれたのは最近できたクリーニングランドというお店。売れ筋の掃除道具が、所狭しと置いてある。掃除道具のアンテナショップじゃんって空は毒づきたくなる。
空はそのテーマ、新しくないとか言いたかったけど星旺次郎が、いいねぇ、掃除はいいよとかいって、乗り気になって瞬く間に紙面を飾ることになった。
その時の取材でもらったらしい掃除グッズがたくさん彼女のデスクに積みあがっていた。これみよがしなその積み木をいちど崩してしまいたい、崩れろって思っていた矢先に飛んできたのが、さっきの星のゆるいお説教だった。
でね、星がまた言うんだよ、笑えって。聞き飽きたしさ、それにまた桜に出し抜かれたのって陸に愚痴る。スマホ越しにしか最近陸の声を聞けていない。
真中陸は、屋久杉の自然や地質研究で島に渡ってしまっている。思えば、陸が相手にしているのは樹齢千年とかそういう相手だから、空とのこんな時間なんてとてもちっぽけだと、人生の優先順位として低いところに位置しているのかもしれないけれど。でも空は空なりにこの時間は貴重だと思っていた。
こんなふたりの時間になんで星の話ばかりしなければいけないのか、それは沈黙が怖いからだった。
もうすこしだけ若かった頃は沈黙は込みだったし、そういうものだと思っていた。合間にけらけらっと笑えば済んだ。
でも近頃、とくに陸とは違う。無言は骨身にこたえてしまうからだった。
つまり星旺次郎のゆるい説教がある限り、そのことで間を繋げることで空は生きた心地がした。
陸が南の島に赴任したままいつ帰れるのか帰れないのか。もしくは、こっちに好きな人できたっていつ言われるのか言われないのか。陸がなにかをきりださないように、その隙間を埋めてしまいたいような気持に駆られていた。