彼の部屋の間取は私の部屋とまったく同じであった。けれど、明らかに違った空気を纏ったこの部屋には、彼の生活が詰まっていた。
彼がカレーを温めている間、私はリビングに置かれた小さなテーブルの前で、餌を待つ犬のように姿勢を正して座っていた。キッチンに立つ彼の背中越しに夢にまで見たあのカレーの香りがいつもよりも濃厚に鼻腔をくすぐってくる。今日のお昼は気分が優れず、定食屋のランチを半分以上残してしまったため、今になっておなかの空き容量が逆の意味で限界を超えていた。
炊飯器を開き、丸いお皿の半分にご飯を盛り、残りの半分にカレーを流し込む。
「どうぞ、召し上がれ」
目の前に現れたのは、カレーという名の宝石のようであった。私の目には輝いて見えた。
「いただきます」
彼の作るカレーは非常にシンプルであった。混じりけのない白米に、具材が溶け込んだカレールー。スプーンの上で小さめのカレーライスを作り、口の中へ。カレー特有のスパイスに野菜の甘みが溶け込んだルーと白米が混ざり合う。私は至福であった。
お隣さんのカレーは、最高に美味しかった。これまで食べたカレーの中で、いや、食べ物の中で一番美味しいとさえ思った。
「どうですか?」
私の答えなど必要だろうか? 私は自分でもわかるほどに、幸せな顔をしているだろう。私は彼の少し不安そうな表情を見て、なんだか可笑しな気持ちになった。
「はい、とっても美味しいです。こんな美味しいカレーは初めてです」
「そんな、大袈裟ですよ。なんの変哲もない普通のカレーですよ」
彼は私の顔を見て、表情を和らげた。そして、笑顔を見せた。
私はその後、2回おかわりをした。
金曜日の朝、隣の部屋からカレーの匂いが流れ込んでくる。私はキッチンに立っていた。
新しく新調した鍋の中に、細かく刻んだ野菜たちと水とスパイスを加え煮込む。その間に朝食を済ませ、仕事に行く準備をする。準備が出来た頃にはカレーも出来上がっている。味を見て火を止めた。
私の金曜日は、いつもよりも早く始まる。朝からカレーを作り、仕事を終えて帰ってくると、カレーを食べる。カレーは2日目が美味しいというのは本当で、土曜日の朝のカレーは金曜日よりももっと楽しみになった。
毎日の生活の中にほど良いスパイスを与えてくれた、お隣さんの金曜日のカレーの味を味わったあの日は、私の中の大切な一日となった。
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