【ARUHIアワード11月期優秀作品】『金曜日のカレーライス』一鶴真琴

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

 ワンルームの空間には、私の日常が詰まっている。玄関の匂い、お風呂場の匂い、トイレの芳香剤の匂い、リビングの埃っぽい匂い。どれも私の生活の匂いである。
 月曜日は、週末の充実感から抜け出しきれない気だるさが残る体に鞭を打ちながら、喉を通らない食事をコーヒーのみで済ませて家を出る。火曜日の朝は月曜日のような気だるさはなかったが、週に一度のゴミ捨てがあるために、いつもより少し早く起床する。
 水曜日は能動的で、朝からトーストをかじることができる。木曜日も同様にパンをかじる。
 金曜日は少し特別。どこかから漂ってくる匂いが、部屋の中に充満している。私は木曜日の夜は必ず、意図的にキッチンの傍にある小窓を開けるようにしているのである。私はその匂いで目を覚ます。
 心地の良いその香りは、私の1週間の疲れを吹き飛ばし、翌日から始まる休日への刺激的なスパイスになっている。
 お腹がぎゅるぎゅると悲鳴を上げる。私の金曜日の朝は、トーストが2枚必要となる。
 私は基本的に料理をしない。しかし、食べることへのこだわりは強く、特に「カレーライス」には目がないのである。
 私が勤めている会社の近くには、様々な飲食店が立ち並んでいて、昼時になるとサラリーマンやOLがどこの店にも列を成している。定食屋やラーメン屋、お弁当屋さんに蕎麦屋、そんな人たちを尻目に私はお気に入りのカレー屋さんに入る。店内には私以外にサラリーマンが2人だけであった。
「ビーフカレー、からあげトッピング、らっきょうで」
 私のお気に入りは、このお店のビーフカレーである。シンプルなのだが、こだわりを感じるカレーの中に、柔らかく煮込まれたほろほろの牛肉がアクセント。また、ライスとの相性が抜群。そこに、実はここらのどの定食屋よりも美味しいからあげを2つトッピング。らっきょうは頼めば無料でもらえておかわりも自由。これで600円は安い(からあげ2つ100円)。
「おまたせしましたー、ビーフカレー、からあげらっきょうトッピング。らっきょうはおかわり自由です」
 運ばれてきたカレーに手を合わせ、まずは一口カレーをいただく。口の中に広がるスパイスの香りと舌先で触れただけで解ける牛肉がライスと絡み合い、絶妙なハーモニー。頬が落ちるそうになるほどの至福。からあげは1つをそのまま、もう1つはカレーと共に。箸休めのらっきょうは口の中をさわやかにしてくれる最高のアイテム。一連の流れが完璧に組み立てられたジグソーパズルのようである。
 程よい辛さが舌先を刺激し、カレーのポテンシャルを引き立てている。私は辛すぎるカレーを作る人にいつも一言文句を言ってやりたいと思っている。カレーは意図的に辛くするべきではない、辛口のカレーはもはや私の中でもカレーとも呼びたくない。
 額に僅かに汗を纏いながら、冷たい水を口の中に流し込む。すきっとした気分で食べ終えることができると、お昼休み後の仕事が捗る。フリスクを3粒口の中に放り込み、1粒だけを噛み砕く。ミントの香りがカレーの後味を穏やかに隠してくれる。
 私は平日の5日の内、4日はそこでカレーを食べている。残りの1日はお店が定休日のため、同僚と共にランチを食べる。味気のないサラダランチは私にとって、食べていないのとほとんど変わらない。アボカドの美味しさがわからない。
 帰宅途中、行きつけの手作りお弁当屋さんで栄養たっぷりのお惣菜を買って帰るのが日課となっている。種類が多すぎていつも迷ってしまう。優柔不断な私の性格が出てしまう。
 家に帰り、お惣菜と共に缶ビールを喉に流し込む。一日の疲れを炭酸が洗い流してくれる。それから、シャワーを浴び、ベッドに入る。私の毎日はこんな感じで過ぎていく。

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