【ARUHIアワード11月期優秀作品】『とりどりの場所』村崎えん

「ここ、秘密の場所」
 そう彼女は言った。だけどなんてことない、連れてこられたのは駅と反対側にある駐車場の一画で、古い自販機とベンチがぽつりと置いてあるだけの場所だった。
 自分が誘ってきたくせに、彼女は一言も発さず空を見ていた。聞こえるのは電車の音と、たまに、空の高くを飛ぶ飛行機の音。店の自動扉が開くと、中で流れるオルゴールの音が薄く聞こえた。だけどそれだけ。静かだった。
 緊張していた。まだ出会って間もない相手と二人きりだという状況に。そして、自分の期待値の高さに。
 静まりかえった気まずい空気をどうにかしようと、私は喋った。だけど何を喋ればいいのか、話題に欠いて出てくるのは文句ばかりだった。この町への文句。そして自慢。
 自慢などする気もないし、自慢だとも思っていないのに、この町を出て働いていたこと、だからここがいかに退屈に感じるか、この町がいかにくだらないかを、私は必死に言い募っていた。
 もうすぐ一時間が経つ。休憩時間が終わってしまう。きっと嫌われただろう。嫌なヤツだと思われただろう。
「私、クマムシ店長って呼ばれてたの」
 瞬間、自分の発した言葉に絶句する。勝手に追い詰められて、文句や自慢以上に必要のないことを口にしていたのだ。
「……クマムシってね、どんな環境でも仮死状態で生き続けるの」
 頬が燃えるように熱い。
 後悔と恥ずかしさに押し潰されそうな私に、だけど彼女はあっけらかんと言ったのだった。
「えー!店長だったの?すごいじゃん!それにしてもいーなー。私も嫌いなんだ、ここ。だから出て行くよ。いつか、絶対」


「冬仕様にしてみました、表の棚」
 レジで新聞を読んでいた店長に声をかける。老眼鏡越しに、店長は上目遣いで私を見る。
「お鍋とかスープとかのレシピ本、新刊も色々出てるのでそれをメインに……あとは、既刊でも作りやすそうなのが沢山載ってるものを集めてみました。それから塗り絵とかスクラッチアートとか、プレゼントにもなるし、部屋の中で遊べるものだし、いっしょに並べてます。あと……」
 言いながら、手は勝手に動いている。手近な棚に並ぶ本の帯を整え、角を揃える。本を両手で包み込み、表紙をそっと撫でる。そうやって少し待つが返事はない。店長をちらりと見る。
「今年は雪、どうだろうねえ」
 新聞をバサリと鳴らし、大きなあくびをひとつ。
 私は諦めたような笑いたいような、なにともつかない気持ちで、「どうでしょうね」相づちを打つ。
「ののちゃん、そろそろ休憩とってね」
 レジの奥の戸が開いて、奥さんが顔を出した。はい、と返事をし、裏へと引っ込む奥さんの後に続く。
「今日は暇だねえ。あ、今日も暇、の間違いか。はっはは」
 一人で笑う店長の声を背中で聞く。

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