お父さん、今日なのね。今日、公園のあのお花がいっぱい咲いて、お父さんが来てくれる、ってわかったので、なんとか立ち上がりました。体が重くて、力が入らないけど、ゆっくりゆっくり、玄関まで歩いていきました。そこまでしか歩けなくて、座り込んで佑ちゃんを呼んだんだけど、ちっちゃな声しか出なかった。でも、佑ちゃんはすぐ来てくれたよ。今日はお母さんもおうちにいて、お母さんも来てくれた。
二人とも、すごく悲しそうな顔してた。
「そんなに悲しまないで。今日は嬉しい日だよ。お父さんに会える日だから、公園行こうよ」
って言ったけど、半分くらいしか伝わらなかったみたい。お母さんも佑ちゃんも、まだ泣いてるから。
でも、「公園行こう」はわかってくれて、体が重くて重くてもう歩けなかったんだけど、お母さんが抱っこして、連れてきてくれました。
お花、やっぱり、いっぱい咲いてるね。よく見えないんだけど、匂いでわかるよ。お父さんと一緒に見たお花、綺麗だったね。きっと、今日もきれいに咲いてるね。
あ、風が吹いた。懐かしい匂いがする・・・お父さんの匂いだ!
お父さん、お父さん、お父さん!お父さんなんだね!
会えた、会えた、会えた、会えた!
寂しかったよ、会いたかったよ、撫でて!抱っこして!!
お父さん!お父さん!大好き!
あたし、がんばったでしょう?お父さんとの約束、守ったでしょう?お父さんがうちにいた最後の日、布団に入っているのにとっても冷たくて、全然起きなくて、佑ちゃんとお母さんが泣いてるとき、お父さんはあたしに言ったでしょ。
「サクラ、ごめんね。お父さんはもう、おまえたちといられなくなっちゃった。お父さんの代わりに、佑人が中学校に行くまで、佑人とお母さんを守ってやってくれ」
って。
「やだやだ、お父さんがいなくなるなんて、やだ。あたしも一緒に行く」
って言ったけど、お父さんが一所懸命「頼む」って言うから、「サクラがちゃんと約束守ってくれたら、会いに来るから」って言うから、がんばることにしたの。
「ちゅうがっこうって、何?」
って聞いたら、こういう服着て行くところだよ、だからこういう服を佑人が着て出かけるまで、守ってあげてね、って見せてくれた。
あれからずいぶんたったけど、この間佑ちゃんが、あのとき見た黒い上着と黒いズボンを着て、出かけていったよ。ぼんやりしか見えなかったけど、佑ちゃんがあんな真っ黒なカッコして出かけたのは初めてだったから、わかったの。
ほっとした。だって、体が重くて、あちこちぎくしゃくして、悲しいけど、もう佑ちゃんとお母さんを守れる気がしなくなってたから。
もうがんばらなくていいんだ、またお父さんに会えるんだ、って思って、嬉しかったよ。
お父さんがいるときが一番楽しかったけど、佑ちゃんとここで遊んでたときも、楽しかった。お父さんが昔やってくれたみたいに、佑ちゃんがボールを投げてくれて、あたしが走って取りにいくの。でも、そのうち走れなくなっちゃった。
何してもすぐ疲れちゃうの。何にもする気がなくなってきたの。お父さんの夢や、佑ちゃんが小さかったときの夢をいっぱい見て、そのときは楽しいんだけど、目が覚めると、体が重くて、ここに来るのがやっとになってしまったの。
でも、不思議!今はすごく元気!昔みたいだよ。お父さんが一緒だからかな。
もうずっと一緒にいてね。もう離れないからね。どっか行くの?もちろん一緒に行く!
佑ちゃんとお母さん、まだ泣いてるね。お父さんがいるのに、どうしたのかな。そうか、佑ちゃんとお母さんは一緒に行けないんだ・・・ちゃんとした体があるから。
でも、あたしの体は重くて重くて仕方なくて、もう佑ちゃんとお母さんを守れないから、あたしはお父さんと行く。
佑ちゃん、お母さん、さようなら。お父さんとまた会えたみたいに、佑ちゃんとお母さんにも、きっと、また会えると思う。
佑ちゃんも、お母さんも、お父さんも、大好き!
ああ、また風が吹いた。
花びらがたくさん、踊っているね。
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