「でも、母さんはあんまり泥団子好きじゃないみたい。見せたら喜んでたから磨き方を教えてあげようとしたんだけど、『母さんは一緒に作るのはいいや』だって」
「まぁな。10個全部つるつるにし終えたら、もっととっておきを教えてやるよ」
「なに?」
「色を付けるんだ。泥団子に。惑星みたいになるんだ」
「わくせい?」
「そうだ。宇宙にある大きい星のことさ」
「地球みたいになるの?」
「そうだ。賢いな」
泥団子作りってのは、やっぱり良い。子供の頃のように俺もケンスケと一緒に泥団子磨きに夢中になった。なにより泥団子を磨きながらの友達とお喋りは不思議と弾むのだ。俺とケンスケも団子を作りながら他愛もなく言葉を交わした。
「ケンスケ、お前はどっから引っ越してきたんだ」
「近くだよ。ここから5分くらいのとこ」
「すぐそこじゃないか」
「そうだよ」
「なんで引っ越すんだよ」
「お家が安いんだって」
「なるほどな」
母子家庭なら色々切り詰めなければならないのだろう。練馬は都内でも家賃が安いことで有名だ。探せば区外にも安い物件はあるだろうが、この辺りは値段の割に便利だ。駅前のスーパーは仕事の帰りが遅くなっても空いてるし、街灯も多い。治安も悪くない。
「おじさんは何してるの」
「社会人さ」
「社会人って」
「会社で働くサラリーマンだ」
「ふうん」
ケンスケが2つ目の団子に手を伸ばす。
「じゃあ、大人なんだね」
「そうさ」
「僕、おじさんは大人じゃないかもと思ってた」
ストッキングをかぶった俺の右手が止まる。
「どうして?」
「だって、泥団子に詳しくて、こうやって一緒に作ってくれるじゃん」
「……なるほど」
確かに、大の大人が公園の砂場で泥団子を作ってたらおかしい。でもここはベランダだし……。
「泥団子を作ってたら子供?」
ケンスケはするすると手を動かしながら答える。
「泥団子を作ってたらというか、泥団子を作るのを、楽しいと思ってくれてるのが僕と一緒」
「……なるほど」
こりゃあ、参った。子供がたまに核心をつくようなことを言うというのはこのことなのか。
ケンスケが話を続ける。
「こないだ学校帰りにドングリを拾ったんだけどさ。帽子つきのやつを一つだけ見つけたから、母さんに見せたんだ。そしたら母さん『ドングリの帽子にときめいてるうちはケンスケもちゃんと子供ね』って」
「ほお……」
「だから、泥団子を楽しいと思うおじさんは大人なのか不思議だったんだよ」
「おお……ケンスケ、お前、本当に賢いな」
「そう?」
「ただいまー」隣の部屋から声が聞こえた。
「あ、おかえりー!」
大人とは……とぐるぐる考えを巡らせていた俺は慌てる。まだ昼前だ。今週はずいぶん帰ってくるのが早いじゃないか。
「あ、どうもこんにちはー。すいません、遊んでもらっちゃって」
「あ、いえ、そんな」
仕事帰りであろう、長い前髪もきっちりと後ろで一つに束ね、リネンのような生地の白シャツを着ている。くしゃりとした笑顔がまぶしい。
「やっぱりケンスケ一人で家に置いておくのって心配で。大人の方がこうやって相手して下さって、安心します」
「いえ、そんな」
そう、僕は大人の方だ。けど泥団子は楽しい。
「ケンスケ、遅くなってごめん。お昼にするから手洗っておいで」
「はーい。またね、おじさん」
「おう、じゃあな」
部屋に引っ込むケンスケをしゃがんだまま見送る。茶色くざらざらになった手で、磨いた泥団子を目の前にかかげた。
「俺はまだ、子供だったのかぁ」
なんだか、誇らしい気持ちになった。俺は社会人で、大人で、自立しているけど、実はまだ子供なのだ。泥団子に楽しさを見出せる心を失ってないのだ。悪くないじゃないか。
俺も飯にしようと部屋に戻り、大きく伸びをすると、皺の寄った天井が目に入った。
ふふん、と声が漏れる。
「悪くないじゃないか。どっちもアリだ」
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