【ARUHIアワード10月期優秀作品】『泥に触れれば』志水菜々瑛

 それから毎晩、カーテンを閉めるついでに隣のベランダを覗くと泥団子がきっちり等間隔に並べられているのが見えた。俺は毎晩遅く帰ってくるから見ていないが、子供は毎日泥団子を作り、磨いているのだろう。
 一週間経ち、土曜日になった。目覚ましでなく、日の光で目を覚ました俺が隣のベランダを覗くと、やっぱり子供がいた。
 構ってやるか。俺の教えたスパイスで夢中になってくれているのが嬉しかった。コンビニへ買い出しに行き、ベランダに出る。
「やってんな」
引き戸から顔をのぞかせ、声をかけると先週とはうって変わり、ぱっと嬉しそうな顔で振り向いてくる。かわいいじゃないか。
「見て、15個全部、つるつるにしたんだ」
泥団子は数が少し増えていた。一週間、俺に見せるのを楽しみに磨いていたのかもしれないと思うと、なかなかいじらしさを感じる。
「すげぇじゃん」
「でしょ。この一番小さいのなんか、かっちかちなんだ。ほら、こんなとこから落としても割れないんだよ」
子供はしゃがんだ膝の高さからぽとっと手を放し、泥団子を落とした。こてこてと団子が転がる。
「やるね」
「すごいでしょ? これ全部、順番を決めて並べてるんだ」
「へぇ」
「うん。最初は大きさ順だったんだけど、今は大きさとつるつる具合、両方で順番をつけてるんだ。一番こっちのが、一番おっきいし一番つるつるなんだ」
なるほど。確かに先週はマトリョーシカのように並んでいた団子が、少しばらばらに並んでいる。大きさと触り心地の総合評価で順番をつけるなんて、ずいぶんハマってくれている。
「いいね。でももっと綺麗になるんだぜ」
俺はコンビニの袋から女物のストッキングを取り出し、その小さな泥団子を包んだ。
「こうやって、このストッキングで磨くんだ。手のひらでやるより数倍はつるつるになる」
「すっげぇ、やらせて」
 ハサミを持ってきてストッキングを半分に切って分けてやると、子供は最高ランクの泥団子を手に取り磨き始めた。
「おじさん、泥団子に詳しいんだね」
「……まぁな」
 おじさんという言葉に引っかかりを覚えながらも返事をする。まぁ小学生から見れば、24歳はおじさんなのかもしれない。
 「お前は何年生だ」
 「2年生だよ。おじさん、僕の名前覚えてないでしょ」
 ぎくりとした。覚えていない。
 「……すまん。覚えてない」
 「ケンスケ、だよ」
 「そうか、すまんな」
 「ケンスケって呼んでよ。おじさん初めて会った時、僕に興味なさそうだったから、覚えてないと思った」
 子供のくせによく見抜いている。確かにあの時、お隣に興味なんてなかった。強いて言うなら美人の母親の方がまだ興味があった。
 「僕、母さんが帰るの遅いから、暇なんだ。高学年になるまで、一人で外にも出ちゃいけないって言われてるし。泥団子は、楽しい」

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