2。
私は幸運にも50倍の倍率をかいくぐることができた。
しかし、ここからが試練の始まりであった。
一言で表すのであれば『未体験』の連続。とにかく徹底的に追い詰められたと表現しても過言ではない。
それは体も心も極限へと引っ張り込まれた。
その間、私は家族とは離れて暮らし、連絡をすることもままならなかったが、決して孤独ではなかった。『家族がいる』という事実だけでも私の支えになった。
もちろん会いたい気持ちは強かった。しかし、今を耐えればバラ色の未来が待っているはずという一念で歯を食いしばった。
それにしてもあの時間は凄かった。
暗くて狭い箱の中に入って、天地、左右が不明となり、脳みそや視界がぐちゃぐちゃになる程までにぐるんぐるんに回転させられたり、めちゃくちゃ重量のある服を着てクレーンに吊るされたまま12メートルの水中で作業をしたり、一体どこだか分からない僻地に飛ばされてサバイバルをしたりと想像以上の日々を一年半程、過ごした。
それをクリアしたからこそ、家族への責任を負える今があるのだけれど、もう二度とはごめんだ。
1。
ついに残りは1秒だ。
隣の妻を見る。
表情ははっきり見えなかったが、緊張しているのは伝わって来た。
妻も私の方を見て、操縦桿を握っている私の手に触れた。
震えが止まった。
息子はまだ訳がわかっていないせいか、妻の腕の中で昼寝をしている。よくこんな時に眠れるなと思うが、子供には分からないだろう。
彼が大きくなった時、私が行なった大きな決断を誇りに思ってもらえるように、これからも頑張り続けるしかない。
何せ、私たちが向かう先は宇宙だ。
あの雑誌の『○○』には『宇宙』と書かれていた。そんなまさかと思っていたのだが、人類の他惑星への移住は本格的なものとなっており、こうやって私たち一家はスペースシャトル に乗り込み、私はその操縦桿を預かる身となっている。
遥か12.5光年先『ティーガーデンb』にマイホームを建てる。
人類初の移住者として。
その惑星に着く頃には、息子も小学生くらいの年齢になっているだろう。地球生まれ、宇宙育ちのこの子は、どんな大人になるのだろう。
私たちが成功をすれば、続々と人類はやって来る。そうすれば、また賑やかに暮らせる。第二の地球になるかもしれない。
どんな未来が待ち受けているのだろう。
楽しみだ。
0。
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