「ねえ、お婆ちゃんは一緒にくらさないの」
先にケーキを食べ終えた翔太が椅子の手前で足をぶらぶらさせながら聞いてきた。
「あたしにはあたしのマイホームがあり、あなたたちにはあなたたちのマイホームがあるでしょう。これからは、ここで思い出を作っていきなさい。あたしは新しい思い出よりも、古い思い出を胸に抱えて守っていきたいと考えているんでね」
「ふうん」と、翔太は首を傾げながら言った。まだ小学生の翔太には、母の言っている意味がわからないようだった。
「翔太もここで大きくなって、いつかは自分のマイホームをお持ち」
母は半分おもしろそうに言った。
「じゃ、ぼくがお婆ちゃんの家にいってあげるよ。そこでふたりでくらそうよ。だったらお婆ちゃんはずっと自分の家でくらすことができるでしょう」
「なにをいっているの。翔太くんがお婆ちゃんの家にきたら、お父さんとお母さんがさみしがるじゃないの」
予想外のことを言われて母は言葉につまったようだった。まじまじと翔太の顔をみつめ目をほそめた。
「ときどきここには戻ってくるから。ぼくがいたらお婆ちゃんもさみしくないだろう」
「ひとりだって、寂しくなんかないよ」
母は強がって言いながらも瞳からはうっすらと糸のような涙を流している。
「なんで泣いているの。かなしいからなの」
母の涙の意味がわからない翔太は首を傾げていた。
夫は翔太と母の空になったコップにぬるい茶をそそぐと軽く咳払いをした。
「あわてなくてもいい。お互いの気持ちさえ通じ合っていれば、きっといつかうまくいくものさ」
「いいアイデアだと思ったんだけどな」
翔太は残念そうに言った。
母のことを気にもかけない感じだった翔太も実際は気にしていたのかと思うと、私は胸がつまり泣きそうになった。唇をきつく結んで必死に涙をこらえた。
そのあと、私と夫と翔太と猫を抱いた母は家の前にでた。三脚を立て、カメラのセルフタイマーを設定してならんで写真を撮った。家族とマイホーム、私の大切なものすべてが写った写真。だれもが笑顔の写真を一枚。
私は母の肩を抱きながらマイホームを見あげた。星が瞬き始めた空にはまるい月が浮かんでいる。
「きれいな空ね」と言うと、母は満足そうにうなずいて、いつまでも私たち家族の笑顔を見つめていた。
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