【ARUHIアワード9月期優秀作品】『家族とマイホーム』吉岡 幸一

 夕飯の準備をしていると翔太が小学校から帰ってきた。友達ができてからは家に帰ってもすぐにランドセルを放り投げ外に遊びにいっていたが、この日は帰って来るなりキッチンに入ってくると、棚を開けて煮干しの入った袋を取りだした。そのまま庭にでると袋から煮干しをだして撒きはじめた。
「なにをしているの」
 私は手を休めてリビングにでて窓辺から庭の翔太をみつめた。
「猫に餌をあげているんだ。学校から帰ってきたとき、庭に入ってくるのをみかけたんだ」
 板塀の端で三毛猫が煮干しを食べていた。首輪はしていないが、かつては人に飼われていたのだろうか。翔太がそばにいても逃げようとはしなかった。

「お家がない猫なのかしら」
「野良猫だよ。だってこいつすごく腹を空かせているから」
 たしかに猫は一心不乱に食べている。飼い猫なら、こんなに腹を空かせているわけがない。
 母は猫が好きだ。猫を飼いたいと言っていたこともある。ただ世話をするのは苦手なようで、ひたすら可愛がりたいだけのようなので好きでも猫は飼っていない。
 そうだ。この猫をこの家で飼えば、母も一緒に住みたいと思ってくれるかもしれない。世話なら私がすればいい。いいことを思いついた、と自分のひらめきに両手を握りしめていると、キッチンのテーブルの上に置いてあったスマートフォンが鳴った。
「お母さんが倒れたんだ。いま病院にきている」
 夫からの電話だった。声は落ち着いている。
「どういうことなの。それで大丈夫なの」
「大丈夫みたいだよ。様子をみるために今日は一日入院するみたいだけど、明日には家に戻れるってお医者さんも言っていたし」
 この日、たまたま仕事を早く終えた夫は帰りに母の実家に寄ってみたのだそうだ。そこで苦しそうに胸をおさえて倒れている母を発見したのだという。
 母はここから家に帰ってそんなに時間がたたないうちに眩暈をおこして倒れたようだ。発作的なもので命には別状がないそうだが安静にしていなければならないということだった。
「お婆ちゃんが今日は病院に入院するみたいだから、ちょっと行ってくるわね」
 庭で猫の背中を撫でている翔太に言うと、翔太はおどろいて立ちあがったが私の顔を見ると安心したのか、ちいさく「わかった」と答えた。私がわざとなんでもないような顔を作っていたので、心配するほどのことはないと思ってくれたのだろう。
「なるべく早く帰るけど、お腹が空いたら適当に食べていてね」
「待ちきれなかったら、カップラーメンを食べておくから」
 翔太には申し訳ないと思いながらも、私はタクシーを呼ぶといそいで病院に向った。

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