【ARUHIアワード9月期優秀作品】『家族とマイホーム』吉岡 幸一

 父は十年前に胃癌で亡くなっていた。享年七十歳という若さだった。母は父が亡くなって十年間ひとりで実家を守っていた。その母も父が亡くなった歳と同じ歳になっている。足腰が弱り、食もほそくなり、元気がなくなってきたのは明らかだったが、当の母は自覚がないようだった。
 父が亡くなったとき、すでに私は夫と結婚をしていた。飛行機で一時間はかかる都会の賃貸マンションで夫と小学五年生の一人息子の翔太と三人で暮らしていた。
 前々から地元に戻りたがっていた夫は勤めていた会社を辞めて、私の実家もあるこの町で再就職をした。タイミングよく売り出されていた中古住宅を終の棲家としてローンで購入したのだった。
 そもそも夫と私は同じ公立高校に通い、付き合い始めた仲だった。地元に戻れば友だちだっている。だから私たちが慣れ親しんだこの土地で暮らしたいと思うようになるのは自然な成り行きであった。
「僕はお母さんと一緒に暮らしてもいいよ。一人にしていたら心配だからね」
 夫は私の気持ちをくんでくれた。母とは気が合うようで、一緒に暮らしても苦にならないということだった。
 一人息子の翔太は感心がないのか「どっちでもいい」と素っ気なくいうだけだった。母の家に遊びにいくこともなく、友だちとばかり遊んで興味もないようであった。母はそんな孫でも可愛いようであったが……。
「夕飯を食べていってよ」
 ソファで眠そうに瞬きをしている母に、当たり前のように私が言うと、当たり前のように母は首をふった。
「ご飯を炊いて出てきているんでね。あたしは帰って食べますよ」
「いいじゃないの。ご飯なら明日でも食べられるでしょう」
「いいえ、あたしは自分の家で食べたいの」
 意固地というか融通がきかないというか、母は一度決めたことは容易には変えない。
「お母さん、本当に一緒に暮らすことを真剣に考えてね」
「あんたもしつこいわね。わかったわよ。考えるだけは考えるから」
 念を押して言うと、母は予想通りの返事を返してきた。
 実家まで見送るという私の申し出を断って母は帰っていった。私のマイホームにいた時間は二時間くらいだろうか。結局二階にはあがることもなく、一階と庭をすこし眺めて、私と話をしただけで帰っていった。
 帰り際に、家を買ったお祝いにと御祝い金を置いていこうとしたが、それを断ると母はつまらなそうな顔をして玄関からでていった。

~こんな記事も読まれています~