【家呑みの技術】燗酒のススメ。自分好みの日本酒にたどり着く温度の演出

お酒好きには悩みがあります。美味しい料理の店なのに、リキュールメニューがいまいち。飲み放題メニューは、自分のこだわるレベルの銘柄が含まれず満足度が低い。好きな銘柄があっても店の提供の仕方が自分にはしっくりこない…。好きなお酒を、自分好みでゆっくり味わう。そんなひとときを追求し、やがて「家呑み」にたどり着いた筆者が、わが家だからこそ実現できる「自分史上最高の一杯」のちょっとした技術を紹介します。

今回のテーマは日本酒の「燗酒」。家で燗をつけるなんて面倒くさい? 意外にそうでもないのです。

日本酒は幅広い温度帯で楽しめるお酒

日本酒(清酒)は、近年、海外でも評価が高まっています。繊細な口当たり、その奥に秘めた複雑な風味。香り、うま味、キレの三拍子が調和し、食中酒としてワインと肩を並べるお酒として認知されてきました。そんな完成度の高いお酒を、自宅で「熱燗」にしたら台無しだと思うかも知れません。まず知っておきたいのは、「燗酒」とは熱々の「熱燗」だけではないということです。

キンと冷やした日本酒を、「スッキリ」「飲みやすい」と好む人も多いでしょう。品質管理のために冷蔵庫に入れているぐらいだから、その出したての状態こそがいいと感じるかもしれません。しかし、冷たいお酒がスッと飲めるのは、酒の落ち着いた状態、一部の表情を舌が感じただけ。お酒から得られる情報量が少ない状態ともいえます。

日本酒には、誰もがなじんだ米原料由来の味に加え、麹による糖化、酵母による発酵を経てうまれた、さまざまな成分が重なってできた複雑な風味があります。うま味や甘味、酸味、そして苦味も含まれ、そのバランスは、原料や造り、製品化までの熱処理により異なります。

さらに1本の日本酒でも、温度変化によって成分の自己主張やハーモニーが変化し、風味が変化するのです。お酒は温度により、5度から55度まで、5度ずつ10段階の風味の変化があるといわれ、体温に近い35度以上からを「温かい」と感じます。

日本酒以外のお酒にはない大きな特徴は、同じお酒が幅広い温度帯で味わえる点です。キンと冷やしたキレの良さも、燗酒にしたときの芳醇さも、そのお酒の持ち味です。そのどこかにある自分との最適なマッチングを見つける。その探求そのものが、「わが家」で燗酒を楽しむ醍醐味なのです。

錫(すず)製の徳利なら熱湯を張った器につけるだけで程よい温かさの燗をつけられます。好みの酒器を並べて自分流のしつらえで楽しむのも、家呑みならではの気軽さとおもしろさです

燗酒は難しくない。冷める過程も楽しむ

燗酒のつけ方は、簡単です。お酒を入れた徳利を鍋の中央に置き、徳利が3分の1ほど沈む程度の水を張ります。徳利は胴回りの太いものがよいでしょう。内部で対流を起こして全体の温度を均質にするためです。徳利の下側だけ水を張るのも、加熱の過程で徳利上下の温度差による対流をつくるためです。

火加減は、最初は鍋の底全体に炎があたる強火に。徳利の周囲に気泡が生じて軽く沸騰してきたら弱めます。徳利上部を触って「熱い」と感じたら40から45度に達しています。そこで火を止め、そのまま1分程度置きます。その間に徳利内の対流が収まり、温度と風味が均質化します。

後は飲むだけです。まずは自分の舌に合った温度かどうか。舌が焼ける感じが伴えば、お酒も食事も食味を落とします。その場合は、徳利を鍋から出して置き、杯の酒を確かめつつ、ちょうどいい温度になったら徳利の酒も飲み頃です。ぬるいと感じたら、弱火で30秒ほど再加熱し、舌に温かく感じる温度が見つかったら、火を止めた鍋に保温しながら杯についで味わいます。

自分の舌に適した温度が見つかれば、後は「冷めていく」過程も楽しみのひとつです。温度帯の違いによるさまざまなお酒の表情が表れるので、1本の徳利で飽きのこない杯を重ねることができるでしょう。その中で、刺身に合う温度、甘辛い料理に合うのはこの温度、などと分かってくれば、手元で再加熱したり、冷ましたりするだけで、自在に燗酒を操ることができるようになります。

また、熱伝導率のよい錫(すず)製の徳利なら、熱湯を張った器につけるだけで人肌からちょっと熱めの燗まで、すぐに温めることができます。

1本の日本酒を温度帯で風味を変えることで、素材・調理法、和洋中のさまざまな料理に合わせられます

スーパーで売っている日本酒で燗酒を楽しむ

近年、「燗あがりする酒」に力を入れている日本酒の蔵元が増えています。原料のお米を研ぐ割合を増やし、「冷や」でスッキリ飲める香りの華やかな日本酒とは異なり、なるべく原料米を研がず、複雑な成分を残すことで温めたときの風味の豊かな仕上がりを目指したお酒です。「燗あがり」の説明のある日本酒を探してみるのもよいでしょう。

しかし、燗酒は、お酒を選びません。スーパーで売られている日本酒も、1ランク上の味わいにしてくれます。ラベルに書かれた、飲み頃温度を参考にしてもいいですし、自分でいろいろ試してみるのも一興です。

日本酒ビギナーには、「純米酒」「本醸造」などの違いが分かりにくく、日本酒は難しいと感じるかもしれません。燗酒は、その違いを個性的な味わいとして感じやすくしてくれるので、日本酒の理解にも役立つ飲み方です。

「純米酒」は、米と麹と水だけを原料に用いたもの。米の発酵によってうまれた清酒本来のうま味が特徴です。一方で、米の風味が前に出すぎるのが苦手な人もいます。少し加熱することで、芳醇さが前面に出て、味わいと飲みやすさが適度に着地します。

「本醸造」は、醸造アルコールが添加されていますが、「原料に用いる白米の総重量の10%未満」に制限されています。米由来の風味を端麗まろやかに整え、キレを良くするので、こちらの方が好みという人もいます。ただ、醸造アルコールのツンとした刺激が先に感じることもあり、その部分が過熱によって和らげられることで全体のバランス、飲み口が良くなります。

「山廃」「生酛(きもと)」などと書かれていれば、それは昔ながらの酒造りの製法が用いられた日本酒です。時間をかけた発酵で、より複雑な成分由来の風味を持っています。その個性の強さが加熱によって、意外な変化を生み、新しい発見となることも。家呑みの燗酒だからこそできる探求が楽しめます。

家呑みで、1本の日本酒を一度に飲みきるのも難しい場合も多いでしょう。醸造酒である日本酒は、開栓と同時に変化し続けます。そうした部分を補う上でも、燗酒という飲み方が有効です。自分流の燗酒の技術を持つことは、日本酒の楽しみ方をグッと広げてくれるのです。

燗酒は、日本酒への理解を深めるための手軽な飲み方の技術。自分だけの日本酒体験が楽しめます
(最終更新日:2019.10.05)
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