東急田園都市線の急行・準急停車駅である鷺沼駅(川崎市宮前区)は渋谷駅から13駅、駅の西側に東名高速、南側の国道246号の走る交通利便性の高い、緑の豊富な住宅街です。その鷺沼駅前で、広場や図書館などの公共施設も一体になった大規模な開発の計画があります。街はどう変わるのでしょう?
東急多摩田園都市開発の一部として開発された住宅地
東急田園都市線鷺沼駅(川崎市宮前区)は急行利用なら渋谷駅から4駅、20分ほどの場所に立地しています。1953(昭和28)年に始まった東急多摩田園都市開発の一部の、多摩丘陵を利用した住宅地のひとつで、昭和中期までは農地と山林が主体だった地域です。
川崎市のホームページによれば、鷺沼という地名は宮前区内を流れる有馬川が作った湿地や沼が細長く続く地域が「鷺沼」「鷺沼谷(さぎぬまやと)」と呼ばれていたことによるものとか。
有馬川沿いには水田や畑、雑木林に覆われた丘が連なり、栗、筍などの名産地でもあったそうです。開発される前までは豊かな実りの地だったというわけです。
緑、せせらぎが身近にある豊かな環境
それもあってでしょうか、現在の鷺沼駅周辺も緑の多い自然が身近なエリアです。駅構内には宮前区が作った緑を楽しみながら歩ける6つの散歩コースを紹介する冊子が置かれていました。都心からわずか20分ほどの場所にありながら、竹林やせせらぎのある広場、ホタルが飛ぶ湧水池、貴重な生物が生息する森などが徒歩圏にあるのだとか。
それ以外にも並木のきれいな通りや公園があちこちにあるなど、便利でありながら自然が身近にある暮らしができる場所なのです。
2017年から再開発計画がスタート
その鷺沼駅一帯で再開発の計画が進められています。計画自体が始まったのは2017(平成29)年。同年8月には鷺沼駅前地区再開発準備組合が設立され、公共交通利便性の向上、高低差を活かした楽しく快適に歩ける駅前空間など、4つの開発コンセプトが掲げられていました。
それに対して、川崎市は鷺沼駅周辺が宮前区全体の活性化を促す核として重要な地点であることから、鷺沼の自然や地形の変化を活かした建築計画、歩いて楽しく居心地のいい空間づくり、連続的なにぎわいが駅から周辺市街地にまで広がっていくウォーカブルな駅前広場等の整備を要望していました。
コロナ、社会情勢の変化から計画を見直し
そうしたさなかに発生したのが新型コロナウイルスの感染拡大です。加えて昨今は資材費や労務費が高騰するなど、社会経済情勢が大きく変化しつつもあります。そこで、当初の計画を再度見直すことになり、2020(令和2)年からしばらく再開発の検証が行われてきました。
その後、2024(令和6)年7月に準備組合から市に対して事業報告書が提出されました。そこには今後のスケジュールなども記載されており、以降はこの計画をもとに事業が進められていくものと思われます。
新たな開発計画は、より街全体を変えるものに
では、検討を経て開発計画はどのように変わったのでしょうか。川崎市の資料に当初計画からの主な変更点についてという表があるのですが、それを見ると建物の主要用途と規模について、いくつかポイントがあります。
区役所、市民館、図書館が移転
ひとつは公共施設の立地がより明確になったことです。今回の開発は駅前街区、北街区の二つの道路を挟んで隣り合う二つの街区で行われるのですが、当初の駅前街区の主要用途は商業、業務、公共、住宅、交通広場で、北街区は住宅、公共。詳細が決められていなかったといえばそれまでですが、それが新しい計画では非常に具体的になっています。
駅前街区の新しい主要用途は商業、市民館・図書館(大ホール含む)、都市型住宅、業務、駐車場等となっています。北街区は区役所、市民館(小ホール)、都市型住宅、駐車場等です。
現在、宮前区の区役所、市民館・図書館は東急田園都市線宮前平駅から歩いて10分ちょっとの場所にありますが、それが移転するとなればその土地を今後どうするかという問題も出てきます。
市では2023年から用地をどう使うかについてなどの検討を始めており、この開発は宮前区全体の公共施設の再編という意味もあることが分かります。
建物の規模、住宅戸数はやや縮小に
それに伴って住宅の戸数は減っています。駅前街区は約380戸が約340戸に、北街区は約130戸が約110戸になっており、建物の高さも駅前街区が地上37階/最高高さは約146メートルから、地上32階/約133メートルになっています。北街区は地上20階建て/最高高さ約92メートルが、地上19階建て/最高高さ約89メートルです。
新しいライフスタイルに配慮した計画に
建物の規模、主要用途だけでなく、使い方、見え方などにもさまざまな変更があります。総じて言うとコロナ後の新しい生活に対応、より街に開かれた開発となるように意図されているといえます。
街に住む人全員にうれしい計画に
たとえば市民館のホールを大ホール、小ホールの2ホール構成にし、小ホールを北街区に配置することで生み出された余剰空間は、より開放的で街に開いたステップテラスになります。
駅前街区には新たなライフスタイル・職住近接のニーズの実現などを意識して働く機能(ワークプレイス)が導入されます。
街区間には両街区の回遊性を高め、公共機能の連携を図るなどのために街区間デッキが設置されることになっていますし、駅前街区の大ホールのホワイエを街なかから見える位置に移動するなどといった工夫もされています。
そうしたことから考えると、鷺沼駅の開発は単に施設を新しく、住宅を増やすというだけのものではなく、鷺沼駅前を地域の魅力を向上させるための拠点として再編するというような大きな意味があるように思われます。実際、市の資料にある検討中イメージは建物の中心に人が集まる広場があるように描かれています。
つまり、この開発は予定地の所有者、再開発物件の購入者など開発に直接関わる人達だけではなく、周辺に住む人達にもうれしいものになる可能性が高いといえるのではないでしょうか。
2026年度に着工、完成は当初計画より3年ほど先に
もちろん、スケジュールも変更になっています。以前の計画では2024(令和6)年度には実施設計が行われ、同年度には駅前街区の工事がスタート、2029(令和11)年度からは北街区の工事もスタートするとなっていましたが、変更後のスケジュールでは駅前街区の工事が始まるのは2026(令和8)年度となっています。
駅前街区の工事期間は6年近くが想定されており、2032(令和14)年度からは北街区の工事がスタート、完成は2035(令和17)年度内という計画です。当初の計画では2032(令和14)年度内には両街区ともに完成している想定だったことを考えると、3年ほど伸びたということになります。
現在の鷺沼駅前、開発予定地では主要な建物に開発計画の標章が掲げられており、すでに計画が動き始めていることが分かります。
駅前の商業施設は仮店舗で営業継続
ひとつ、気になるのはそれらの建物のうちに駅前の大型商業施設「フレルさぎ沼」が含まれていることです。2011年まではスーパーだった店舗で、現在はスーパーを核としながらもファッション、雑貨、書籍、飲食店などが入る施設となっています。地元での買い物の中心でもあり、新しい建物の竣工までの6年近く、その施設が無くなってしまうのでは困ります。
その疑問に対して市では仮設店舗が作られる予定と回答しており、地元では現在建設工事が進められている同施設の第二駐車場が仮設店舗になるのではと噂されています。実際にそこが仮設店舗になるかどうかは今の段階では分かりませんが、開発期間中も便利な場所であってほしいものです。
ちなみに買い物では隣駅のたまプラーザ、少し都心寄りの二子玉川の商業施設を利用している人も少なくないそうです。
鉄道のみならず、車利用にも便利
最後に鷺沼という街全般について。都心からの距離、緑の豊富さについては冒頭で触れましたが、交通の利便性では東急田園都市線の西側に東名高速、南側に国道246号が走っており、車利用での移動にも便利な場所です。
駅近くに東急田園都市線と相互乗り入れしている東京メトロの鷺沼車両基地があるため、早朝5時、6時台を中心に本数は多くはありませんが、上り、下りともに始発電車があります。
坂が多いことは知っておこう
交通に関連して移動という観点で考えると、周辺は坂の多い街で、歩くのはもちろん、自転車利用でも体力が必要。自転車利用にするつもりなら電動タイプが必須でしょう。
街全体で考えると北口側には店舗が少なく、利便性を求めるなら南口側のほうが良いかもしれません。北口側は改札自体が2011(平成23)年に新しく作られたもので、商業的な集積はこれからかもしれません。
以上、これから大きく変わりそうな鷺沼駅周辺をご紹介しました。確かに坂の多い街は急いでいる時、暑い時には大変ですが、その一方で遠くの風景が楽しめる、坂を上るとそれまでと違う風景が広がるなど、暮らす楽しみでもあります。
特に鷺沼周辺の道は並木のある場所も多く、中には見事な桜並木も。住む楽しみも大事にしたいと思う人なら、自分が住むことを考えながら訪ねてみても良いのではないでしょうか。