「これが超多用途瞬間接着剤だ! もちろん石材にも対応と明記されています。自然にも優しく安心安全です。まあ、五百円くらいの一番安いやつだけども。とにかく大丈夫。これで元通りになっからさ」
慎重に地蔵の頭を持ち上げ、断面の汚れを落とし、丁寧に接着剤を塗布した。地蔵の表面も綺麗に磨き、周囲も掃除して、お菓子をお供えして手を合わせる。
「地蔵さん、すみませんでした。どうか安らかにお過ごしください」
ついでに世界平和も願っておく。これで、許してくれますよね?
じっちゃんの様子に変化はなかったけど、あれだよ、まだ接着剤固まってないし。それに、この前は一度眠って起きたらじっちゃんが現れたんだ。今回も、寝て起きたら、きっとそれで……。
しかし、翌朝目覚めても、状況は何一つ変わっていなかった。鋭い眼光がジロリと容赦なく降り注ぐ――。
「――じっちゃん、もう勘弁してくれぇ!」
薄々分かってはいた。こんな姑息なやり方であのじっちゃんが納得するわけないんだ。やはり腹を括るしかない。
俺は近所の寺へ相談に行くことにした。この町にある唯一の大きな寺で、じっちゃんの葬儀の時も世話になり、住職とは一応顔見知りだ。地蔵のことも何か知っているだろう。
「おや、君は確か、善積さんとこの子だね」
寺を訪れると、ちょうど庭掃除をしている住職と出くわした。
「はい。ご無沙汰しています。その節はお世話になりました」
挨拶をすると、住職は急に怪訝な顔で、じっちゃんのいる辺りや俺の顔をじっと見つめる。
「何やら大変なことになっとるのう」
「さすが住職。分かります? 実は、ちょっとやらかしちゃいまして、じっちゃんの怒りを買ってしまったみたいなんですよねえ」
「いやいや。怒っとるのは正道さんじゃなかろう。お前さんの背後におっかない顔したのが仰山おるぞ」
「――え? 俺の後ろ?」
それから俺は、あの地蔵の由来について住職から話を聞いた。
昔、あの坂で、とある母親と娘が交通事故に遭ったらしい。母親は一命を取り留めたけど、娘は即死で助からなかった。それ以来、娘が寂しがって他者を引き付けるのか、同じ場所で事故が多発するようになり、それを鎮めるために地蔵は設置されたという。
そんな地蔵を俺は粗末に扱ったから、事故の被害者たちの幽霊は怒って、俺に取り憑いたんだ。何も被害がなかったのは、じっちゃんが守ってくれていたからだ。幽霊たちは俺の死角からずっと隙を狙っていた。だけど、じっちゃんがその幽霊たちのことをずっと見張っていたもんだから、幽霊たちは何もできなかった。じっちゃんがいつも俺の正面にいたのはそういう訳だった。
後日、住職の厚意で、新しい地蔵を寺の方で用意してもらえることになった。もちろん設置には俺も立ち会って、心から謝罪と鎮魂の祈りを捧げた。それが通じたのか、俺の背後から次々と人影が現れ、地蔵の方へと消えていった。そして、じっちゃんも……。
消える直前、じっちゃんはもう怒っていなかった。微笑んで頷いて、ただそれだけ。
「……何だよ。いつも最後は撫でてくれたろ」
あれだけ頑固に付きまとっていたくせに、あっさりいなくなっちゃうんだから……。
不意に、住職が言った。
「幽霊というのは執着のあるものに憑く。無残な死を遂げた者がその地に縛られ哀れな怨霊となるように、愛に生きた者が大切なものに守護霊として憑くこともある」
「え? まさか、じっちゃん俺に憑いてるの?」
「そうとは限らんが、きっと近くで見守ってくれとるよ」
「マジか。参ったなあ。悪いことできねえじゃん」
「まあ昔から馬鹿な子ほど可愛いとも言いますしなあ」
「うわー、住職きちいこと言うなあ」
二人で笑い合って、ふと思い出した。じっちゃんはいつもしかめっ面でたまに小さく笑みを浮かべるくらいだったけど、笑った時は豪快に笑うんだ。カッカッカッって、黄門様みたいにさ。
何だかじっちゃんの笑い声が聞こえてきそうな気がした。いや、本当に聞こえたら怖いんだけど。できればもう勘弁してくれ。真面目に生きるからさ。
改めてじっちゃんの冥福を祈り、綺麗になった地蔵の前で手を合わせた。
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