布団に潜って考えてみる。思い当たることはあれしかない。地蔵の首だ。あの地蔵とじっちゃんの間に何か関係があるのか? そういえば、じっちゃんは神社仏閣が好きだった。寺の住職とも親しくしてたな。まさか百円玉でじっちゃんを召喚したなんてことはないだろうし……。
とにかく、だ。……どうしよう、これ。
そうこうしている内に、やがて夜が明けた。あまりよく眠れなかったけど、どうにか凌いだぞ。そう思って布団から這い出ると、
「……え?」
変わらず立ち尽くすじっちゃんと目が合った。
いやいやいや、まだ普通にいるんですけど!? 幽霊って基本夜に出るもんじゃないの? 朝になっても消えないのかよ! 何か朝日の中で綺麗に透き通ってるし!
とりあえず起きて、寝室から移動してみる。すると、じっちゃんもついて来た。しかし、何か妙だ。ついて来るというか、これは……先回り?
じっちゃんは必ず俺の正面に陣取る。そして、思いっ切り睨み付けてくるんだ。洗面所に行こうがトイレに行こうが、どれだけ狭くても壁をすり抜けるようにして正面に立つ。まるで見張られているというか、強く圧をかけてくるようだった。
幽霊って普通は背後に立つものじゃないの? 背後霊って言うじゃん。常に正面に立つ正面霊なんて聞いたこともない。いや、しかし、背後からそっと見守るのが背後霊なら、責めたり?りつけたりするのは正面霊なのか。じっちゃんらしいと言えばじっちゃんらしいが……。
じっちゃんの名は、善積正道(よしづみまさみち)。出来過ぎたくらいに綺麗な名前だけど、実際その名の通り品行方正な人間だった。
とにかく真面目。馬鹿真面目。嘘なんてついたことない。約束を反故にしたこともない。多分。
単なる日常会話でも発言内容に誤りがあったことに気付くといちいち訂正の電話をかけてくるし、時間を約束すると秒単位でしっかり合わせてくる。
買い物をして、後で受け取ったお釣りが多いことに気付くと、たった一円でも律儀に返しに行く。しかも店入って何も買わないのは悪いからって、必要もないのにまた適当に何か買ったりして。そもそも相手の都合で振り回されてんのに文句の一つもなく、いつも自分ばっか損してんだ。
そういえば、転んで膝打って怪我した時も、「もう年だし大事を取って救急車呼ぼう」ってばっちゃんが言ったら、「本当に必要な人に行き渡らなくなったらどうするんだ」って、傘を杖にして病院まで歩いていったらしい。結果、骨折してたのにさ。
てか、タクシー呼べばよかったんじゃね? と思うんだけど、まあそういうところなんだ。不器用で頑固というか、他人のことで一杯一杯で、自分のことは二の次。
情に厚くて曲がったことが大嫌い。だから基本優しいんだけど、悪いことをするとめっちゃ怒られたなあ。これが怖えんだ。いつも最後には優しく撫でてくれたけど……。
「……じっちゃん、俺今からバイトなんだけど」
家を出て外を歩き始めても、じっちゃんは必ず正面、視界の中にいた。目を閉じる以外に追い出すことはできないらしい。
「じっちゃん、あれは事故なんだって。むしろ俺も被害者だよ。しいて言うなら悪いのはあのタヌキだ。でも、自然界で必死に生きるタヌキを悪く言うのも可哀想だろ。だから、誰も悪くない。不運な事故さ」
じっちゃんは何も言わない。表情も変えない。ずっと怖い顔だ。プレッシャーが半端じゃない。
バイト先の喫茶店に着いてからも状況は変わらなかった。仕事ぶりを監視されているようで気が抜けない。おかげで今日は店長に褒められた。
フードデリバリーの方は一回でやめた。どんなに速く走っても、じっちゃんは平行移動してついて来る。それが色んな意味で怖い。間違いなくいつか事故に遭うだろう。
その後は、自動販売機のそばで拾った百円玉を交番に届け、ノロノロと横断歩道を渡るお年寄りをエスコートし、公園でゴミ拾いをして、善行に努めた。それでも、じっちゃんはニコリともしない。
夜になって、俺は秘策に打って出ることにした。
「待たせたな、じっちゃんよ。現代科学の力をお見せしよう」
件の地蔵の前で、用意してきた“とっておき”を披露する。