【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『シン居候生活』太原同土


「どうしたの?」
「高藤さんが、居候を募集した理由は考えないのですか?」
 涼風が居候だと知って、ずっと考えていたことだ。初めは再婚したのだと思った。でもそれが違うことだとわかった時、じゃあ父の行動の理由がわからなかった。
「父ってさ、何か怖くって、近寄りがたい存在だったの。無口だし。母がいた時は、母を経由して会話していた感じがした。その近寄りがたい父、あんなに話すって初めて知ったの。それにとても私に気遣いしてる」
「今日はいつもの高藤さんとは違います。とてもうれしそう、でも寂しそう。そんな匂いがします」
「うれしそうで寂しそうな匂い?」
涼風が食卓にあるバスケットから柿ピーを取り、小皿に入れた。
「これをどうぞ。高藤さん、お好きですから」
 この人、私は大好き。だから父も居候にしたのよね。私は立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを1本取り出す。
「2人だけで話すの照れくさいな」
父は内縁の座椅子に座り、月を眺めていた。私はその後ろ姿をしばらく見つめた。
「確かに匂うな……」
 私の小声が聞こえたのか、父が振り返った。
「ん? 何だって?」
私は、父の隣に座り、柿ピーの皿を置く。缶ビールのプルトップを開けた。
「かんぱーい」
父が缶ビールを摩耶の缶に当てた。
「摩耶もビールを飲むようになったか」
「そうだね。いろいろとあるから……」
「そうだな……」
私は柿ピーをひとつまみした。
「ね、お父さんは何で働いてたの?」
「おいおい、のっけから変な質問するな。食うためだろ」
「ただそれだけ? 出世するとか、家族を幸せにするとか……」
「仕事への意識は自分の周りの変化で変わるんだ。俺の今の仕事、知ってるか? デイサービスで大好きな将棋を教えてる。お年寄りたちが高藤先生って呼ぶんだぞ」
「楽しいの?」
「ああ。生きがいだよ。こんなに楽しいことはない。あんなに年寄りでも目に見えて上達するんだ。俺も上手くなるしな」
「お父さんは幸せ?」
父は私の顔を不思議そうに見た。その後、笑顔になって、
「こんな質問ができるようになったか。いや、お父さんはうれしいよ」
「お父さんが年取ったんじゃないの」
父はなぜかうれしそうに大笑いした後、真顔になって言った。
「人の死は、後からズシリと来る。お母さんが亡くなった後、摩耶は家庭があるから東京に行ってしまった。何かがポカリと開いた日が続いた……。この家は一人では広すぎる」
「そうだね」
「友人が犬でも飼ったらってアドバイスをくれたよ。でも動物の寿命は短い。もう先に逝かれるのは辛い。でな、ある日、居候のアイデアを思いついた」
「涼風さん、東京に行くから、また寂しくなるよ」
「また居候を募ればいい。苦労している学生は大勢いるんだ」
父は柿ピーをポリポリと食べる。私はその横顔を見つめた。輝く月光。その時、閃いた。
「なるほどね! 冒険せよ、居候か」

四月になり、私は新組織に異動となった。あの時、全く興味がなかった新規事業が、父との会話により、急に考えがまとまり、企画書として提出した。その後、面接に進み、自ら考えた新規事業を推進するグループ長となった。私の新ビジネスのテーマは地域創生と家族再創成だった。具体的には孤独な老人と授業料の支払い等に苦しむ苦学生との居候コミュニティの創造であった。都心に比べ、地方には居住する一軒家の面積が広く、また一人暮らしの老人が多い。そこに学生を中心とした低所得層の若い住人を住まわせることで孤独な老人と住宅事情の改善を図るものであった。都心はシェアハウスが一般化しつつあり、おそらく地方においてもそのニーズは変わらないと思った。さらに、実家は古民家であって、多少のリフォームは必要であるが、都心にはない付加価値があると思った。まして、世の中はどこでも働くことができるようになった。私の新組織は、会社に留まらない、地域密着型の働き方にした。
今、私は実家で働き、週末には娘と家に帰る毎日だ

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(最終更新日:2022.12.28)
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