「春ちゃんはパパが好きだったもんねぇ。色々相談に乗ってもらったりして」
弘さんがからかう。
「そういうことじゃなくて」
「よく一杯、もらってたしね」
「パパが出張行く度にお土産もらえたし」
由紀さんや秀さんも加わる。
「違います。もう! いいです!」
布巾をグラスに被せ、春子ちゃんが調理場へ去る。
遅れていた人たちも席に着き、パパの到着ももう間もなくな頃合いになった。パパが入り口を開けたら、せ~ので「おめでとう」と言う手筈になっている。
「雄さんの席は……」
ユリはボソッと泉さんに尋ねた。
「雄ちゃんは呼んでないよ。雄ちゃんもメグさんのこと好きだったじゃない? 花嫁を奪いに、なんてバカなことはしないと思うけどさ、酔うと絶対、余計なこと言うでしょ」
入り口が開いたのはその時だった。紺のパンツに黒いセーター、すらっと背の高い男性と、ジーパンに灰色のタートルネック、ショートヘアの女性が、店内を埋めた顔見知りを見つめ「えっ?」と立ち止まる。
「せ~の!」
大さんの声でみんながクラッカーを握り立ち上がる。
「おめでとう!」
飛び出したリボンと紙吹雪がゆらゆらと二人を包んでいく。店内のBGMが結婚行進曲に変わる。恥ずかしそうにお辞儀をし、二人はみんなの間を抜け、奥のテーブルへと進んでいく。
ふと目をやると、調理場の隅で春子ちゃんが目頭を押さえていた。
みんなに飲み物が渡される。大さんがグラスを鳴らし、みんなの注目を集めると軽く咳払いした。それから二人に祝福の言葉を贈る。パパとメグさんはここで知り合った。大さんはある意味、仲人的存在だ。
「それでは二人の未来に、乾杯!」
「乾杯!」
「ちょっと待った~~!!」
勢いよく入り口が開いた。
髪はオールバック。タキシードがきついのか、ほぐすように肩を動かし、その度に手に持った真っ赤なバラの花束が揺れている。
「雄ちゃん?」
「雄ちゃん……」
泉さんが警戒した声を放つ。
「白々しいじゃない、呼んでくれないなんて。俺はパパともメグさんとも仲が良いんだぜ。親友と言ってもいい。パパとは良きライバルでもある」
「だから、じゃない」
泉さんが「呼んだ?」と問い詰めるように目を細め、大さんと春子ちゃんを見る。
二人は首を振っている。
ユリが「僕です」と小声で自白すると、泉さんは「大丈夫だよ」と言うように大きな笑顔を近づけ、ユリの肩をポンポンと叩いた。
泉さんが雄さんに詰め寄っていく。
「今日はね、パパとメグさんのお祝いの席なの。心から祝福してくれる人だけに声掛けたのよ」
雄さんは逃げるように店内を移動し、そのまま奥のテーブルへと向かっていく。
「祝福?」
雄さんが続ける。
「当たり前だろ? なんで二人の結婚を祝福なんかできるんだよ。大さんも、みんなも。むしろ悲しんだっていいくらいだ」
「雄ちゃん!」
泉さんが睨みをきかせる。大さんは困ったように笑っているが、パパとメグさんは何だか嬉しそうだ。
「思い出してみなよ。このお店で何人、これまでに結婚してきた? そして彼らはその後どうなった? 明ちゃんも、茂くんも、マシューさんも。あんなにしょっちゅうお店に来て、毎日みたいに顔を合わせてたのに。郊外に引っ越しです。子どもができました。ローンが大変です。みんな来なくなる。
俺はこのお店が好きだよ。でもね、ここに来ればみんなに会えるから来てるってのもある。今日はパパがいるんじゃないかなって。仕事が大変でも、今夜はパパと話せるかなって。みんなもそういうのがあるから、今日パパのためにここに集まったんでしょ? 俺は反対だね。二人がここに来なくなるような結婚は」
雄さんが天井を見つめ、それから大きくため息をついた。手に持っていたバラの花束を押しつけるようにメグさんに渡す。