【ARUHI アワード2022 10月期優秀作品】『オレンジの実家』中村里新

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

大学進学のために十八歳のときに名古屋に来て、およそ二年が経って気づいたことがある。自分でスーパーに食材を買いに行かないと、冷蔵庫はずっと空っぽのままなのだ。実家に住んでいた頃は僕以外に家族が六人もいたから、冷蔵庫の中には各々が買ってきた食材たちがところせましと並んでいた。お気に入りのお菓子が食材の山に埋もれてしまう心配もなく、がらんどうの冷蔵庫に買ってきたチョコレート菓子を無造作に放り込む。代わりに牛乳を取り出して、コップに並々になるまで注いだ。それを一気に口に流し込んで、レポートの仕上げにラストスパートをかける。
大学は人生の夏休みだ、なんて言葉を後世に残した浅薄な先人をはっきり言って恨んでいた。晴れて大学生になり、“夏休み”を謳歌しようと意気込んでいたのだがそうそううまくはいかなかった。毎週のように実験レポートの提出期限に追われ、バイトから帰れば風呂に入って倒れるように寝てしまう。さらには、週末になると突如孤独感に襲われるのだ。窓を閉め切った部屋でひとり昼食を食べている姿は、端から見れば独房の囚人と何ら変わりないだろうな。そんなことを考えていると、時間はあっという間に過ぎる。すっかり冷めて固くなった飯を口に入れると、きまって鉄の玉が喉を転がるような不快感を覚えるのだった。全世界が活動をやめて、自分をおいて息を潜めてしまったような気がして、ひどく寂しい気持ちになるのだ。
二年の春学期の期末テストも残すところあと一つとなり、僕の所属する学科にはすでに夏休みムードが漂っていた。テスト開始二分前になっても、教室の後ろの席ではそのムードが止む様子はなかった。
みんなでテーマパーク行かない? いいね、いいね。おまえもいける? 俺はパス、高校の友達と遊ぶ予定があるから―。耳をつんざくような、薄っぺらくて、気色の悪い声。僕はその声をかわしきれず、両の手で耳を塞いだ。冷蔵庫にぬるい空気が入ってこないよう、急いで扉を閉めるみたいに。
テストは過去問と同じ問題が出たため、十分ほど時間を余らせて解き終わった。これじゃ

差が出ないだろ、と心の中でぼやきながらミスがないか軽く見直しをする。沈みかけた夕日の日差しが窓から差し込み、さっきから眩しい。それでさえも、僕をいらだたせるのに十分であった。終了の合図とともに、逃げるように教室からでて、自転車にまたがる。ペダルを力一杯踏んで、がむしゃらに漕いだ。大学の敷地内から出て、自転車をこぐ足を緩めると、日は完全に沈んでいた。自転車のライトの白い明かりが頼りなく夜道を照らす。十分ほど走って家に着いた。ドアノブに手を掛けると、ひんやり冷たい金属にかすかな体温のぬくもりまで奪われた気がした。重たいドアを全身で開け、すきまに体を滑り込ませる。鍵を掛けた瞬間、肩の力がどっと抜けて、深いため息が出た。そいつが地べたを這うようにして、部屋に広がっていくのをぼんやり眺めていたら、携帯の着信が鳴った。何の気なしに電話を取ると、母からだった。

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