「他のお山はダメなの?」
「他のお山も、住める場所がどんどん少なくなっているんだ。今から行っても私達が住める土地は無いだろうし、あったとしても、住めたとしても、きっとまた…私達の家のように、すぐに壊されてしまうだろう」
「……………」
「我慢しなければいけないことが多いよね。面倒なことや、しんどいことも多いよね。でも、私達の生きる道はこれしかないんだ。これから先の未来、ココやリリが大きくなって、恋人を作って、新しい家族を作って…生きていく。そうやって、未来へと繋げていかないとな」
紺介が、リリの頭を撫でる。数回、くしゃくしゃと柔らかい髪を撫でて手を離すと、リリの頭の上に、ぽんと小さな爆発が起こる。その爆発の後、リリの頭には茶色の、丸い耳が飛び出ていた。
「この耳も、立派な尻尾も、うまく隠さなきゃ、だけどね」
そう言った紺介の頭にも、耳が生えている。黄色の、大きな三角耳が。紺介が振り返ると、穂子とココも、丸い耳と三角耳、ふさふさの尻尾を生やして、紺介とリリを見ていた。
「せっかくのふわふわな尻尾なのに、自慢しちゃダメなのつまんなーい」
「ふふ、そうねえ。残念ねえ」
「これは私達家族だけの秘密だよ」
「秘密!秘密!」
いつの間にかリリの機嫌もすっかり直り、元気にココとはしゃぎ回っていた。
それを見てにこにこと微笑んでいた両親だったが、穂子がハッとして、手をパンパンと叩く。
「さあおチビちゃん達、まだご飯の最中ですよ。走り回ってはいけません。お耳と尻尾もしまいましょうね」
「はーい!」
「はーい!」
元気の良い返事をして、ココとリリはぐぐぐっと身体に力を込める。再び、ぽんと小さい爆発が起こって、二人の頭とお尻から、耳と尻尾は跡形も無く消えた。
「上手だぞ、二人共。学校でも、うまーく隠すんだぞ」
「褒められた!」
「褒められたー!」
父の紺介に褒められたことが余程嬉しかったようで、ココとリリはテーブルの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。
その様子をにこにこと眺めていた紺介だが、パンパン、と、背後から大きく手を叩く音がした。
「ご・飯・の・最・中・で・す・よ?」
相も変わらず微笑み、双子と紺介を見つめる穂子。しかし、その背後にやたらと黒い圧が見える。殺気にも近いソレを感じ取った三人は、慌てて席に着く。するとようやく、穂子の背後の圧も消えて、いつもの微笑みに戻った。
「さあ、早く食べましょうねえ。お片付けもしなくちゃいけませんからね」
「はい」
「はい」
「はい」
「よろしい」
穂子の言葉の後、間を置いて、家族四人が一斉に笑い出した。
生きていく場所が違っても、生き方自体は変わらない。親は子を養い育て、子供は日々遊び、学び、成長していく。
一つ変化があるとすれば、それは過ごし方だ。
田舎に生きるにしろ、都会に生きるにしろ、その場所で過ごす為にはその環境に慣れなければならない。それこそ、時には姿を変えて、形を変えて。
父も、母も、子供も関係無く。
「私達は、皆人間の一年生だ。これからも辛いことやしんどいことはあるだろうが、支え合っていこう」
明日からまた、この街で。
狐と狸の家族は、一年生から学んでいく。
これからの未来を生きていく為に。
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