翔子の夫は長男だった。同居は求められず、義父母が暮らすこの家から遠くないところにマンションを整え、暮らしていた。結婚2年目、義父が亡くなった。独りになった義母を夫は心配し、同居を提案しようとしたが翔子は抵抗した。ただ義父は遺言で、翔子の夫に同居を求めていた。さらにショックで義母が体を壊した。さすがの義母も人の子かと翔子が折れそうになった矢先、夫と義理の弟が乗った車が事故に遭い、いっぺんに一家の男衆がそろって他界してしまった。残された義母、翔子、義理の妹の柚乃の血のつながらない家族3人が取り残された。夫も義理の弟も、家柄か人柄か、遺言はしっかりとしたものを残していた。そしていずれも、実家で義母と暮らしてほしいと求めていた。
そりのあわない女3人が暮らす家がどんなものか、彼らに想像力があれば予想できたものを、何の縁だかわからないうちに同居が始まっていた。いずれ再婚すれば出ていくと思われているふしがあるが、なぜだか義理の妹も再婚をあせる様子はなかった。義母も義母で追い出さない程度に、心地悪くさせてくれるのだった。
義母と翔子が無言で制しあう様子を、面白がって撮影し始めたのは柚乃だった。しかも翔子のアカウントを開設し、投稿し始めたのだ。雑誌のモデルをつとめる翔子のシュールな日常は口コミで人気になってしまい、翔子もなかばやけくそでのっていた。
3人には少し広いテーブルで、寿司を並べた皿を囲んだ。会話が弾むわけでもないが、それでもどこか3人には通じるものがあった。思ったことをいいあうのは、心の健康にはよいのかもしれないと、翔子は義母も義妹にも言い返すことはまずしなかった。腹に虫を飼う女より、毒を吐いてデトックスした女の方がある意味健康だし、面倒くさくないと思えたところもあった。黄味寿司のほろほろとした甘みが口の中に広がった。
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