今の状況を収束させるには、ロケット鉛筆を見つけることが最優先だと思ったからだ。
学習机の引き出し、押し入れ、ゴミ箱、冷蔵庫の中に至るまで徹底的に探してみたが、ロケット鉛筆は出てこなかった。
もちろん屋外物置の中も何度も調べた。
ボッコ。ボッコ。
ボッコは心配そうに僕の様子を窺っていた。
「大丈夫だよ、ボッコ」
僕はボッコの前では強がって見せた。
しかし日が暮れる頃には、僕は心身ともにすっかり疲弊してしまい、本当にお腹が痛くなってきてしまった。
漫画雑誌に挟まっていたのを、間違って捨ててしまったかもしれない。
お粥を持ってきた母にそれとなく尋ねてみたところ、そんな答えが返ってきた。
それを聞いた僕は益々具合が悪くなり、ついには高熱を出してしまった。
このまま学校に行くことができなくなってしまうかもしれない。
僕は枕を濡らしたまま、眠りについた。
ボッコ。ボッコ。
僕はボッコの声で目が覚めた。
「ボッコ……?」
ボッコの声が自分の部屋にまで聞こえてきたのは初めてだった。
電気をつけて、壁に掛けられている時計に目をやると深夜二時を回っていた。
呼ばれている気がして、僕はパジャマ姿のまま物置へ向かった。
ボッコ。ボッコ。
扉を開けると、月明りに照らされたボッコは強く目を瞑り(瞼があったかは定かではないが)、何かを念じているように見えた。
「どうした?具合が悪いのか?」
僕は自身の体調が悪いことも忘れて、ボッコに触れようと手を伸ばした。
すると、コルクが抜けるような音と共に、何かがボッコから転がり落ちた。
懐中電灯で照らすと、それは僕がずっと探していたロケット鉛筆だった。
「……ボッコ。これ」
驚く僕に、ボッコの瞳は優しく笑って見せた。
翌朝。僕はいつの間にか布団の中にいて、熱はすっかり下がっていた。
そして、右手にはロケット鉛筆がしっかりと握られていた。
おかげで香織ちゃんとの仲直りは成功し、僕は再びクラスの人気者に舞い戻った。
しかし、僕の中のモヤモヤとした感情が消えることはなく、クラスのみんなとは少しだけ距離を置くようになった。
大人になるってこういうことなのかな、なんて柄にもなく思った。
ちなみに、香織ちゃんとはクラスが変わったタイミングで疎遠となり、それきりとなってしまった。子どもの恋愛なんてそんなものだ。
ボッコと会う回数も徐々に減っていった。
それまでは物置に行く度に会えていたのに、二回に一回になり、三回に一回となり……、やがてボッコは姿を見せなくなった。
それに合わせたように、僕の遊び場も少しずつ物置から部屋へと移行していった。
特別な秘密基地は、いつしかただの物置へとその役割を取り戻していったのだ。
両親から引っ越しの話が出たのは、僕が高校生の時だ。
家を売却して、C市のマンションに越すという。
すぐにボッコのことが頭を過り、僕は物置へ向かった。
しかし、あのギョロリとした目を見つけることは、とうとう出来ずじまいだった。
僕も今では、あの頃の僕と同じくらいの歳の娘がいる。
娘は何もない空間を見つめたり、指さしたりすることがある。この年頃の子どもにはよくある事だそうだ。
今日だって、物置の中を覗いてケラケラと笑っていた。
妻は怖がっているが、僕は少し懐かしい気持ちになる。
幼い頃に確かに存在した神様……。
いや、僕の大切な家族の一員。
ボッコ、そこにいるのかい。
『ARUHI アワード2022』8月期の優秀作品一覧は こちら ※ページが切り替わらない場合はオリジナルサイトで再度お試しください