【ARUHI アワード2022 7月期優秀作品】『三日月』ウダ・タマキ

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、2つのテーマで短編小説を募集する『ARUHI アワード2022』。応募いただいた作品の中から選ばれた7月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

ジリリリリリリン

 緊急事態を告げるような、けたたましい音に心臓がギュッと縮こまる。
 僕は白いレースの敷物に鎮座する黒電話へとダッシュした。壁が薄い都会のアパートに暮らしていると、どうも大きな音に敏感になってしまう。
「もしもし」
 呼吸を整えてから声のトーンを低く落としてドスをきかす。
-あっ、えー、こちらエービス本舗と申しますが・・・・・・
「でっ?」
 幾度となくかかるこの手の電話に応対するうち、あれこれ言うより少しの間を置いて放つこの一言が効果的だと知った。
-申し訳ございません。間違えました。
 慌てて電話を切るのは、奴らがこちらを一人暮らしの老人と想定しているからだ。
 ほぼ毎日、多いときには日に何度も電話が鳴る。眠っている貴金属はないかと。電話の大半がその類なので、稀にかかってくるばあちゃんの友人さえ疑ってしまうようになってしまった。
 いっそ電話線を引き抜きたい衝動に駆られるが、近況を知りたがるばあちゃんの友人たちと連絡手段が消えてしまうのは憚られる。如何せん、ここは携帯の電波状況が極めて悪い。親父に電話機の買い替えを相談すると「俺が子どもの頃から使ってるしなぁ」と返された。利便性は強い愛着心に完敗した。
 仕方ない。暫しこの黒電話と付き合おうじゃないか。もう少しの辛抱だ。(もう少しとは不謹慎だけれど・・・・・・)

「ばあちゃんが危ない」
 親父にそう聞かされたのは三ヶ月前のことだった。仕事を辞めてふらふらしていた僕は、ばあちゃんちの留守を預かると申し出た。都会の生活に疲れていた僕は、とある計画を思い付いた。
 病院へ面会に行くのも僕の役割となった。
「ちょっとお孫さん、よろしいですか」
 深刻な顔した主治医から、何度病状説明を受けたことだろう。
「今夜が山かもしれません」という主治医が、ある時には「今夜こそ本当に山かもしれません」と言うのを聞いて、吹き出しそうになるのを堪えたものだ。
当たらない占い師か!
 心の中でツッコんだが、まぁそれも仕方ない。家族でさえばあちゃんの生命力には驚かされているのだから。
 ばあちゃんは一日中深く眠り続けたかと思えば、翌朝に僕の顔を見て「おや、孝則。どうした」だって。孝則は親父だけれど。全く食事に手を付けなかった翌日には、前日分を取り戻すかのように食べまくることもある。
 主治医から「覚悟」を強いられたのは昨晩で十四回目になるが、今朝になってやはり見事に復活した。主治医の背中が小さく見えた。

ジリリリリリリン

 もはや僕の呼び出し音への反応は、メダリスト級と言える。電話の相手は、高齢者は電話に出るのも遅いと呑気に構えているだろうから、スピードも肝心である。

 早く、低く-

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