きらきらと輝く愛らしさに、私は残りの数段を駆け下りて、ひったくるようにその子を抱っこして自分の部屋に招き入れた。そうして、私が名前をつけた。その日から、仔犬は私の妹になった。
くんくんと初日は遠慮がちに部屋の隅で小さくなっていた妹は、すぐに家中を駆け回るようになった。どたばたと二人で追いかけっこをしては母に叱られた。家の中のものは妹のために配置が改められた。コンセントを触れないようにしたり、ゴミ箱を手の届かない場所に移動させたりした。人見知りのせいもあり、妹は散歩よりも家にいることが好きだった。家族が好きで、いつも誰かのあとをついて回った。フローリングを歩く時にチャカチャカと爪が鳴るのが、愛らしかった。おやつの袋を開けると、音を聞きつけてどこからでも飛んできた。ひとりで階段を下りられないから、しばしば階段の上からじーっと階下を覗いている。「キャン」と家族を呼ぶ。抱っこして階段から下ろす。お風呂は嫌いで、上がった後は興奮して家中走り回った。テレビの前に座る父の膝の上が特等席で、母が台所に立つといつも後姿を見つめる。寝る時にはごそごそと私の布団に潜り込んできて、朝方にくさいおならをして勝手に出て行く。短い後足で耳の裏を掻く時にトントントントンと床を叩く音で、私は目を覚ます。
妹はあっという間に大きくなって、家族の誰よりも早く齢を重ねて、うちに来て十年目の昨年……。冷たくなった小さな体を囲んで、家族でさいごの日を過ごした。
彼女のいない家なんて信じられなくて、だって未だに私は家のあちこちに彼女の気配を感じている。愛おしい気配を。
そんな妹の思い出が詰まった家を建替えるなんて。消えてしまったらどうするのだ。
折しも、父が倒れた。脳梗塞で救急搬送された。じきに回復したが、軽い後遺症で退院直後はトイレやお風呂で苦労した。それで、ついに私も建替えに賛成した。妹が大切にしていた家族、守れずになにが姉だ。彼女みたいに無邪気に大好きだと伝えることはできないけれど、私だって同じくらい家族を大切に思ってる。
築四十年近い家は、建替えられて様変わりした。あまりにきれいでよそよそしい家に、私たちは恐る恐る踏み入れる。家中しんとして、空気も違う。誰も何も言わない。
黙々と家具を並べて、少しずつ新しい日常に慣れていく、新しい家に馴染んでいく。家族のにおいが、家族の気配が染み込んでいく。トントントントン。ある日、まどろみの中ふたたびあの愛しい音を耳にした。ほっと笑みを溢し、安心して二度寝した。
日当たりのいい窓際、家族を見渡せる場所には、小さな写真とともにちゃんと妹の居場所が設えられている。
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