2022年4月から年金制度が変わります。いくつかの変更点がある中で、今回は年金の繰り上げ・繰り下げに関する改正と、被用者保険の適用拡大についてまとめたいと思います。多くの人がかかわる可能性のある改正だと思いますので、ポイントをしっかりと理解しておきましょう。
なぜ改正されることになったのか?
2020年5月29日に「年金制度改正法(年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律)」が国会で成立し、同年の6月5日に公布されました。
最近のネットワーク技術の発達や新型コロナウィルスの感染拡大などにより、より多くの人が、より長く、多様なかたちで働く社会へと変化する中で、制度の創設時には想定されていなかった問題点が数多く浮上してきました。
改正に至るまでの背景には、以下の4つの課題がありました。
(1)日本人の平均寿命・健康寿命が伸びることにともない、高齢者(65歳以上)の人口が増加する
(2)その一方で、現役世代(18歳~64歳)の人口は減少しており、労働力の確保が急務となっている
(3)1および2の課題をふまえて中長期的に見ると、今後さらに高齢者や女性が就業する機会が増えることが予想される
(4)就業の機会が増える一方で、短時間労働者・パートタイム労働者の人口が増加すると見込まれる
今回の制度改正では特に、長期化していく高齢期の生活基盤を充実・安定させることを主な目的としているようです。
2022年4月から改正・変更される内容を分類すると、主に以下の4点が挙げられます。
(1)短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の拡大
(2)在職中の年金受給に関する見直し(在職老齢年金制度が適用される基準額の引き上げ)
(3)老齢年金の受取開始の時期を、「60歳から75歳まで」(従来は70歳まで)に拡大する
(4)確定拠出年金の加入要件・受給開始時期などの見直し
今回は、4つの中でも特に多くの人に関係してくる1と3に焦点を当てて、解説しましょう。
短時間労働者に対する被用者保険の適用範囲の拡大
現行の制度では、短時間労働者が「被用者保険」の適用対象になるには、図表1の「2016年10月から」に記載している条件をすべて満たす必要があります。
「被用者保険」とは、厚生年金保険、健康保険、介護保険(40歳以上)のことを指します。原則として、パートやアルバイトでも、年収が130万円以上になると、被用者保険に加入しなければならないのですが、年収130万円未満でも図表1のような一定の条件を満たす場合は加入しなければなりません。
条件のなかでも多くの人に関係してくる可能性があるのは、勤務先の企業等の規模と、年収でしょう。現在は「フルタイム勤務の従業員500人超」と、「年収約106万円以上」という条件を満たすことで、短時間労働者は初めて被用者保険の対象となることができます。
被用者保険に加入するメリットとしては、厚生年金に加入することで国民年金(基礎年金)に上乗せした年金が受け取れるようになる点が挙げられます。そして、健康保険に加入することで、国民健康保険にはない傷病手当金などを受けられるようになるという点も、大きなメリットと言えるでしょう。
一方、デメリットとしては、年収約106万円以上で厚生年金保険料や健康保険料の負担が始まる点が挙げられます(図表1の条件を満たしていなければ、年収が130万円以上になるまでは、会社員や公務員の夫の扶養の範囲内なので、年金や健康保険の保険料負担はなし)。とはいえ、厚生年金保険料や健康保険料は、労使折半で会社が半分負担してくれますから、保障が手厚くなるメリットのほうが大きいでしょう。
図表1:被用者保険の適用範囲変更の流れ
老齢年金の受取開始の時期を、「60歳から75歳まで」に拡大する
老齢年金(国民年金・厚生年金ともに)の受け取り開始年齢の原則65歳というのは改正後も変更はありません。今回の改正で変わるのは、老齢年金の「繰り上げ」と「繰り下げ」についてです。
現行では、老齢年金の受け取り開始時期を最大60歳まで繰り上げることと、最大70歳まで繰り下げることが認められています。繰り上げた場合は、繰り上げ1ヶ月につき0.5%、年金が減額されます。繰り下げた場合は、繰り下げ1ヶ月につき0.7%、年金が増額されます(図表2参照)。減らされた年金額や増やされた年金額は、一生変わりません。
今回の改正では、受け取り開始時期について、繰り下げが「最大70歳まで」から「最大75歳まで」に変更されます。この改正の対象となる人は、2022(令和4)年3月31日時点で、70歳に達していない人(昭和27年4月2日以降生まれの人)、または、受給権を取得した日から5年経過していない人です。
それから、繰り上げた際に適用される1ヶ月あたりの減額率が「0.5%」から「0.4%」に変更されます。この改正の対象となる人は、2022(令和4)年3月31日時点で、60歳に達していない人(昭和37年4月2日以降生まれの人)です。
長生きするなら繰り下げがおトク
図表2にあるとおり、75歳まで繰り下げると184%(84%アップ)の年金額となります。65歳時点から受け取るのに比べて2倍近い年金額を一生涯受け取ることができるわけです。
しかし、76歳とか77歳で亡くなるなら、年金の受取総額としては65歳から受け取っておいたほうが金額が多かったことになります。
そういった繰り上げ・繰り下げの損益分岐点を示したのが図表3です。繰り上げの場合は、損益分岐点よりも早く亡くなった場合は基準年齢となる65歳で受給し始めるよりも受給額が多く、繰り下げの場合は、損益分岐点よりも長生きすれば基準年齢となる65歳で受給し始めるよりも受給額が多くなります。
損得よりも安心をベースに検討を
筆者がFPになった20年以上前から、ことあるごとに、今後さらに少子化と高齢化が進むことによって、「年金額がどんどん減らされる」、「受け取り開始年齢がさらに引き上げられる」などと不安を煽るような報道を目や耳にすることがありました。
確かに、年金額はマクロ経済スライドによって少子化と高齢化が進んだ分を調整する仕組みができています。とはいえ、年金額がどんどん減っていくような仕組みではありません。
また、老齢年金の受け取り開始年齢も、1985(昭和60)年の年金制度の大改正の際に将来的に受取開始の基準を65歳に統一することを決め、当分の間(=法律が変わるまで)は、60歳から「特別支給の老齢厚生年金」が出ることになりました。その、法律が変わったのが、平成6年度の年金制度改正でした。
以前から繰り上げや繰り下げの制度がありましたので、60歳から70歳まで(今回の改正で75歳までに拡大)、好きなタイミングで受け取り始めることができるのです。65歳まで受け取れないとか、70歳まで受け取れないとか、そういう制度になることは、いまのところ考えられません。
もちろん、繰り上げると減額されますので、身体が元気で働けるうちは受け取らずに、可能であれば繰り下げていくという選択のほうが賢いでしょう。当然ながら、寿命は誰にもわかりません。年金の受取方法の損得も一概には言えません。しかし、老齢年金には、「一生涯支給が続く」という安心があります。その安心をベースに、自分なりの受け取り方を考えていくことが重要ではないでしょうか。