2011年3月11日に発生した東日本大震災。東北地方では雪が降る寒さの中での災害でした。阪神淡路大震災(1995年)も真冬の1月に発生しています。そして南海トラフ巨大地震で最大の被害が発生すると想定されるのは、やはり「冬」です。厳しい寒さや火災など大きなリスクが潜む冬の震災と避難リスク、そして、大都市の一時滞在施設について専門家に聞きました。
東日本大震災では津波で濡れて低体温症になったという事例が宮城県で多数報告されました。住宅の災害リスクを研究する「だいち災害リスク研究所」の横山芳春所長はこう説明します。
「医学系の論文では、宮城県内で低体温症になった方が102例あったといいます。そのうち津波による低体温症が7割超でした。逆に言えば、津波が原因ではない低体温症の人も3割いたことになります。震災当日の夜は病院がどこも混雑しており、軽症者が屋外で待っていたケースも結構発生したようです」
2021年2月13日に起きた福島県沖地震も真冬で、しかも夜中に大きな揺れが発生しましたが、幸いなことに津波による被害はありませんでした。
今後想定される大きな地震で寒冷地において問題となるのは、冬場の夜遅くに発生した場合に道路の凍結や落雪など避難の妨げとなる悪条件が重なることや、避難の意思決定が遅れることだけではありません。避難先や自宅が無事でも停電によって十分に暖を取れなければ低体温症になる可能性も心配されます。
寒冷地では低体温症死亡リスク数万人
2021年12月21日に国が示した日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の被害想定では、津波による死者だけでなく、津波から逃れても低体温症となり死亡する危険性もある想定が発表されました。
地震が冬に発生した場合、津波から逃れても屋外で長時間過ごすなどして低体温症になり、命の危険にさらされるおそれのある人が日本海溝の地震で4万2000人、千島海溝の地震で2万2000人に及ぶとされています。
一方で国は、防災対策を進めた場合の効果も示しました。津波避難施設の拡充などを前提に、浸水域にいる人が地震発生から10分ほどで避難を始めれば、犠牲者の数をおよそ80%減らすことができると推計しています。
大都市の帰宅困難者は一時滞在施設の利用を
東京や大阪など大都市圏では、大地震発生時に帰宅困難者をどうするかが大きな課題です。帰宅困難者とは、勤務先や外出先等において地震などの自然災害に遭遇し、自宅に帰るのが困難になった人のことを言います。東京では、埼玉や千葉、神奈川などから電車・バスで都心に通勤している人が多いからです。とくに首都直下地震や南海トラフ地震の発生により、大量の帰宅困難者が発生することが懸念されています。また、大地震に限らず、台風や大雨などの自然災害でも首都圏の交通は容易に混乱することがあります。
前出の横山所長は、東日本大震災における負の教訓は「(都心から自宅へ歩いて)帰れてしまったこと」だと言います。
「本当は、各自帰宅してはいけませんでした。帰れたから良かった、ということにはなりません。政府も震災当日の夕方5時ぐらいになって、「帰らないで」と言い始めたのですが、遅かったですね。私自身も自転車で帰りました。やはり帰宅途中は大変な混乱でした。政府の被害想定だと、首都直下地震が起きると、環七通り沿いの木造住宅密集地域が火事になるおそれがあります。暖房器具を使う冬季は乾燥しているため火事のリスクが高まります。」
東京都の総合防災部によれば、大地震発生後、およそ72時間は救命救助活動を通じて1人でも多くの命を救うことが最優先になるとのことです。そのためには、帰宅困難者の一斉帰宅を抑制し、大渋滞によって救急車や消防車などが到着できないといった状況を防止することが重要だといいます。
そうした場合に備え、東京都では「一時滞在施設」を準備してきました。2022年1月1日現在、東京都の一時滞在施設は1,155ヶ所(44万3,115人分)あります。都立の一時滞在施設については、東京都防災マップで場所を確認することができます。都内では、都立施設のほかにも、民間事業者や区市町村等の協力で一時滞在施設の確保を進めています。ただし、民間の施設については、民間事業者の意向により、事前に情報を公表していない施設もあるとのことです。
一時滞在施設についての自治体情報を確認
2021年10月7日夜に、千葉県北西部を震源とするM5.9の地震が発生しました。東京都内で震度5強を観測したのは、東日本大震災以来10年ぶりでした。電車の運転見合わせにより多くの帰宅困難者が発生し、駅などで長時間過ごすことになった人もいました。
この地震で一時滞在施設を開設したのは都内で足立区、荒川区と港区の3区。足立区は北千住駅から歩いて5分の千寿本町小学校に、深夜2時半頃開設しました。10月の気候だと2時半でも問題なかったかもしれませんが、もっと寒い時期だったら、屋外にいる人にとって2時半では遅いかもしれません。
東京都の総合防災部によれば、大地震が発生した際、受け入れ可能となった一時滞在施設の情報は、東京都や各区市町村等から速やかに発信します。発災時には、一時滞在施設の開設に関する情報が発信されてから行動してほしいと呼びかけています。一時滞在施設では帰宅困難者を原則3日間受け入れることができます。3日分の飲料水や食料、簡易トイレを備蓄しています。
災害時の冬の寒さに個人でどう備えるか
大災害発生時、公的な支援物資はすぐに届かないかもしれません。コンビニなどの店にも人が殺到し、すぐに商品がなくなるかもしれません。出勤中にオフィスで被災しても困らないよう、ある程度は個人で備えておきましょう。
「会社の机にローリングストックでお菓子や飲み水、それと小銭を用意しておきましょう。停電になると、コンビニではカードや電子マネーが使えなくなることがあります。レジも動かない状況では、お釣りが出せないケースもあるそうなので、お札よりも小銭があると便利です。地震以外でも台風や大雪などで電車が遅延し、家まで何時間もかかることもあったりするので、備蓄のお菓子は帰宅途中の食料にもなります。それから、スマホの充電器もあったほうがいいですね」(横山さん)
使ったら使った分だけ新しく買い足していくことで、常に一定量の食料を備蓄しておく方法をローリングストックと言います。冬は使い捨てカイロも置いておけば、冬の帰宅困難対策になるし、停電でオフィスの暖房が止まっても、寒さ対策になります。使い捨てカイロは、家庭での冬の防災グッズでも必需品です。
最後に、防寒のポイントは、「首」をはじめ「手首」「足首」などをガードすること。首にマフラーや、マフラーがなければタオルを巻く。手首や足首のすぼまった服を着るなどの工夫をしましょう。
首・手首・足首は血流の関所とも言うべき場所。この3つの首には東洋医学でいうツボがあります。ツボには太い血管が通っていたり、自律神経が集中していたり、人体の急所でもあります。それぞれ皮下の浅いところを動脈が通っているので、ここを冷やすと体温が下がって、寒さが感じやすくなります。よって、この3つの首を冷やさないことが重要です。
<取材協力>
だいち災害リスク研究所