政府は2021年2月2日、年収1,200万円以上の世帯への児童手当を廃止する児童手当法などの改正案を閣議決定しました。廃止が決まった「児童手当」とは、高所得者向けに支給されていた「月5,000円の特例給付」のことです。改正後は夫婦どちらかの年収が1,200万円以上であれば、特例給付が支給されなくなりますので注意しましょう。今回は、児童手当の廃止について解説します。
児童手当と特例給付の違い
今回廃止が発表された児童手当とは、一般的な児童手当ではなく、一定所得以上の世帯に給付されている「児童手当の特例給付」です。ここでは、児童手当と特例給付との違いや、どのような人が廃止の対象となるのかについて詳しく解説します。
児童手当は所得によって制限がある
児童手当とは、中学校卒業までの児童を養育している人が受け取れる手当のことをいいます。児童手当の毎月の支給額は、3歳未満が一律1万5,000円、3歳以上で小学校卒業までの子どもが1万円(第3子以降は1万5,000円)、中学生は第3子以降かどうかにかかわらず、一律で1万円となっています。
ただし、養育者の所得が所得制限限度額以上の場合は子どもの条件にかかわらず、特例給付として1人につき月額5,000円が一律で給付されることとなっています。
日本では、2020年の出生数(速報)は過去最低の約87万人とされており、少子化対策が重要な課題となっています。政府は少子化を改善するために積極的な政策を打ち出しており2020年5月に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では、少子化対策のためのさまざまな方針が決定されました。
そのなかの「経済的支援」では、児童手当について「財源確保の具体的な方策と併せて、子供の数や所得水準に応じた効果的な給付の在り方を検討する」と表記されており、その一環として、高所得者世帯の特例給付が決定されたと考えることができます。
出典:内閣府「児童手当制度のご案内」
内閣府「少子化社会対策大綱」
厚生労働省「人口動態統計速報 (令和2年12月分)」
児童手当の所得制限の目安は?
児童手当の所得制限では、扶養親族が多くなるほど、所得制限の限度額が上がります。
この場合の「扶養親族」とは、同一生計の配偶者または扶養親族のことをいいます。配偶者の年収が103万円を超えている場合は、所得制限における「扶養親族等の数」には含まれなくなるため注意しましょう。
所得制限限度額を判定する「所得」は世帯の合算年収ではなく、世帯のなかで一番年収の高い人を基準とします。たとえば、共働きの場合は、夫か妻のどちらかの年収が高いほうの金額を基準として、所得制限の判定を行います。
所得制限の具体的な限度額は以下のようになっています。
このように、扶養親族が1人増えるごとに所得制限額が38万円増え、扶養している子どもの数が反映される仕組みとなっています。
出典:内閣府「児童手当制度のご案内」
年収1,200万円以上になると特例給付も受け取れなくなる
年収1,200万円以上の世帯で廃止が発表された「児童手当」とは、所得制限限度額以上の扶養者が受け取っていた特例給付のことをいいます。
今までの特例給付では、どれだけ収入が多い場合でも、条件を満たす子どもがいる世帯は、毎月5,000円が支給されていました。
しかし、今回の特例給付の廃止により、扶養者のいずれかの年収が1,200万円以上ある場合は、特例給付を受け取ることができなくなります。
目安となる1,200万円は「所得」ではなく「年収」です。「年収」とは税金や社会保険料が差し引かれる前の総支給額、つまり額面のことを指します。会社員の場合は、源泉徴収票に記載されている「支払金額」の欄に記載されている金額が1,200万円以上の場合は、特例給付が受け取れなくなるので注意してください。
年収1,200万円以上の人の特例給付が廃止されるとどうなる?
年収1,200万円以上の人が特例給付を廃止されると、どのような影響があるのでしょうか。高所得者の負担増や、確保した財源の使いみちなどについて詳しく解説していきます。
年収1,200万円以上の人は児童手当を受け取れなくなる
児童手当法の改正案が2021年2月に閣議決定されて、年収1,200万円以上の世帯の特例給付が廃止されることになりました。ただ、この改正案が適用されるのは2022年10月支給分からとなっており、それまでは引き続き特例給付を受け取ることができます。
今回の改正案では、特例給付の対象となっている人のうち、年収1,200万円未満の人は今までと同じように毎月5,000円が支給されます。
また、この「年収1,200万円」の基準は、世帯年収ではなく、世帯のなかで年収が高い人を基準として判断されます。夫婦合算で年収が1,200万円以上ある場合でも、年収が高い人が1,200万円以上でなければ影響はなく、今までどおりに特例給付を受け取ることができます。
特例給付の一部廃止により確保された財源は保育園の整備へ
今回の改正で、約61万人の子どもが特例給付の対象外となり、年間370億円程度の財源を確保できることとなりました。これらのお金は、待機児童の解消を目的とした保育所の整備などにあてられる予定です。
待機児童とは、「保育施設に入所申請をしており、入所の条件を満たしているにもかかわらず、入所ができない状態にある子ども」のことをいいます。子どもを保育所に預けられないと「仕事に復帰できない」「働いて得られるはずだった給与が見込めない」「育児費用がかさむ」といった問題が発生します。その結果、働いている女性が子どもを産みにくい環境になり、少子化につながると懸念されています。
今回の特例給付の廃止により、子どもの保育環境が改善され、働きながら子どもを育てやすくなると期待されています。
特例給付の一部廃止をめぐる論点
児童手当の特例給付の一部廃止について、年収の判断の仕方や子育て世代の負担増など、いくつかの問題点が指摘されています。それでは、特例給付の一部廃止でどのような問題があるのかを詳しく見ていきましょう。
負担と支援の公平性
特例給付が一部廃止される基準は「年収1,200万円以上」ですが、これは世帯年収ではなく、夫婦どちらか年収の高いほうを基準にして判断されます。
たとえば、夫の年収が1,300万円で専業主婦の家庭は特例給付を受給することができませんが、共働きで夫婦それぞれの年収が1,000万円だった場合は、特例給付を受給できることになります。
このように、「世帯年収」ではなく「夫婦どちらかの高いほうの年収」を基準にした場合、高所得の世帯でも特例給付を受給できる場合があることから、不公平感があると指摘されています。
一方で、保育所を利用する世帯は共働き世帯であることが多く、「世帯主と主婦」の世帯よりも比較的世帯年収が多い「高所得者世帯」ということもできます。子育て支援として「保育所の拡充」のみに焦点を当てた場合、共働き世帯に向けた支援となり、それ以外の世帯は恩恵にあずかることができません。
少子化対策や子育て世代への支援として、より幅広い世帯に目を向けて施策を行うべきであるという指摘もなされています。
教育費の負担と機会の均等
日本では累進課税制度のため、高所得者ほど多くの税金を納めています。また、高所得者世帯は高校無償化の対象からも外れるため、一般的な世帯に比べて学費の負担が大きくなっています。特例給付が廃止されることで、さらに負担は増えます。
一方で、所得が多い世帯ほど教育費にかけるお金が高いことから、親の所得によって子どもの学力に差が出てしまうという実態があります。このようなことから、低所得者世帯への支援により重点を置き、子どもの教育の機会均等を図るべきという意見もあります。
効果的な子育て支援策は何か
今回の廃止では、夫婦どちらか一方の年収を基準にして「年収1,200万円以上」を判断していますが、将来的に「夫婦合算の世帯年収」に判断基準が変更されるのではないかと、今回の廃止対象にならなかった世帯から不安の声が上がっています。
ただ、全体として見ると、過去10年で「幼児教育や保育の無償化」「高校無償化」など、日本の子育て支援策は充実してきていると考えられます。どのように効果的な子育て支援を行っていくかということが、今後の課題といえるでしょう。
まとめ
夫婦どちらかの年収が1,200万円以上ある場合は、児童手当の特例給付が廃止となり、月5,000円を受け取ることができなくなります。この基準は夫婦合算ではないため、夫婦の年収がそれぞれ1,200万円未満であれば、引き続き特例給付を受け取ることが可能です。
この特例給付廃止で確保できる財源は年間約370億円となっており、待機児童問題を改善するために、保育所整備などに使われます。ただ、今後は「世帯年収」が基準となる可能性もあるため、政府の方針や決定を慎重に見守っていきましょう。