ひとり親家庭の貧困が社会的な問題になっています。その要因の1つとして挙げられるのが、「養育費の未払い」です。この問題を受け、自治体が民間の保証会社と連携して養育費の受け取りを支援する動きが広がっています。そこで、業界に先駆けて養育費保証を提供している株式会社イントラストの勝山公裕さんに、養育費保証や養育費をめぐる社会の現状についてお伺いしました。
ひとり親世帯の貧困率48.1%。養育費の未払いが貧困の一因に
日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあるということをご存じでしょうか?
2020年7月に厚生労働省が発表した2019年国民生活基礎調査によると、「子どもの貧困率」を示す、いわゆる中間的な所得の半分に満たない家庭で暮らす18歳未満の割合が13.5%、実に7人に1人の子どもが貧困状態にあることが明らかになりました。
さらに、母子家庭が大半を占めるひとり親世帯に限ると、貧困率は48.1%に。約半数のひとり親家庭が経済的に困窮していることになります。
【子ども・ひとり親世帯の貧困率】
「日本のひとり親世帯の貧困率は世界と比較しても高く、先進国の中では最悪レベルといえます。アメリカもひとり親の貧困率は高いのですが、就労している家庭に限ると数字は下がります。ところが、日本では仕事があって収入を得ている家庭でも貧困率はさほど変わりません。これは女性がキャリアを築きづらく、子どもを育てながらフルタイムで働いて十分な収入を得られないという、日本の社会構造も影響していると考えられます」(勝山さん)
【世界の貧困率】
厚生労働省の調査によると、日本の母子家庭の平均年間収入は「243万円」。児童扶養手当などの支援や補助があるとは言っても、女性一人で子どもと生活していくには厳しい現実がうかがえます。
同調査では、母子家庭の約8割は離婚によってひとり親世帯になっています。「女性は元夫から養育費をもらえているのでは」と考える人もいるかもしれません。しかし、養育費に関する取り決めを行わずに離婚するケースが多く、取り決めをしていても養育費を受け取れていない家庭が多いことも、母子家庭の貧困率の高さにつながっています。
「養育費の月額平均は4万3,000円です。もし、養育費をきちんと受け取ることができていたら、平均年間年収が底上げされて、母子家庭の約半数が貧困という事態は改善されると考えられます。養育費の未払いは、母子家庭の貧困という社会問題の原因の1つなのです」(勝山さん)
母子家庭の2割しか養育費を受け取れていない
養育費とは、「子どもの監護や教育のために必要な費用」のこと。監護とは子どもの生活について社会通念上必要とされる監督・保護を行っている、つまり、面倒をみていることをいいます。法務省によれば、「離婚によって親権者でなくなった親であっても、子どもの親であることに変わりはありませんので、親として養育費の支払義務を負います」とされています。とはいえ、その義務に対して法的な強制力はないため、離婚時に養育費の金額や支払い期間、支払い方法などの取り決めを行い、その内容を書面に残すことが推奨されています。
ところが、離婚時に養育費の取り決めをしているひとり親世帯は半数未満にすぎず、約6割が取り決めをしていません。さらに、取り決めをしていてもそのうち約56%が養育費を受け取ることができていない状況です。母子世帯においては、離婚した父親から現在も養育費を受けている割合は24.3%にとどまっています。
「養育費を受け取れない理由として、書面での取り決めをしておらず『言った・言わない』で揉めてあきらめる方や、取り決めをしていても、養育費の滞納が続いて強制執行をしようとすると煩雑な手続きが必要なため、専門家へ依頼する手間や費用を考えて断念する、という方も多くいらっしゃいます」(勝山さん)
また、相手方の連絡先が分からなくなって支払いを催促できなくなる場合や、再婚して経済状況が変わり養育費を支払えなくなる、収入が少なくもともと支払い能力がない、というケースもあるそう。
「当事者間での滞納の督促は、労力だけでなく精神的にも負担が大きいものです。引っ越し・転職などで行方が分からなくなったら、個人では手の打ちようがありません。そもそも、『相手方ともう関わりたくない』というお気持ちが強く、養育費の受け取りをあきらめる方も多くいらっしゃいます」(勝山さん)
このように、養育費を支払う側にとっては「逃げ得」と言える状況となっている中、養育費の支払いを保証する「養育費保証」サービスが各社から次々と登場してきています。
増える「養育費保証」 支払いの安定だけではないメリットも
2020年6月に、ZOZO創業者である前澤友作氏が新会社「株式会社小さな一歩」を設立、ひとり親に向けた養育費の支払いを保証する「養育費あんしん受取りサービス」の提供を発表して、話題となりました。家賃債務保証などの保証サービス事業を展開する株式会社Casaでは、2020年4月から養育費保証の提供をスタートしています。
「養育費保証」とは、保証会社が養育費支払人の連帯保証人となり、養育費の未払いが発生した際は保証会社が養育費を立て替え、支払人に督促を行う、というサービス。養育費の受取人が保証会社と契約し、保証料を支払います。
「当社で保証契約をされている方は、支払人からの養育費支払い率が約95%となっています。養育費の取り決めをしていても約6割の方が受け取れていないことを考えると、養育費保証サービスを『利用している・していない』で、受け取りに大きな差が生まれていると言えるでしょう」(勝山さん)
養育費保証サービスを利用することで、支払人に対して「未払いの抑制効果が生まれる」というメリットがあります。未払いで立て替えられた分は、代位弁済をすることで保証会社の債権となり、法的に督促が可能となるため、給与や財産を差し押さえられる可能性も。保証会社が介在することで、支払いに対しての意識が高まるという効果が生まれるのです。
養育費を受け取る側にとってのメリットは、金銭面での安定だけではなく、「養育費が支払われなかったらどうしよう」という不安の払しょくや、相手方と接するストレスの軽減という、精神的な安心にもつながっているようです。
「当社で養育費保証を利用している方へのアンケートで、契約して満足している点を聞いたところ、最も多かったのが『元配偶者とやりとりしないで良いこと』でした。離婚した相手と関わりたくない気持ちの方が多い中、支払いの遅れや不払いがあるたびに相手方に連絡をしなければならないことが、大きなストレスになっていたようです。受取人の方にとっては、養育費に関しては一切相手方と接しなくて済む、ということも大きなメリットと言えるかもしれません」(勝山さん)
自治体で広がる養育費支援の取り組み
養育費保証サービスが注目される中、自治体による養育費確保支援の取り組みも広がり始めています。
兵庫県明石市が2018年11月に全国に先駆けて導入したのを皮切りに、以降、大阪市など全国3自治体で開始。そして、2020年4月からは東京都豊島区のほか、船橋市、仙台市、横須賀市、神戸市などで導入され、これからも全国で20近い自治体が導入予定です。
自治体の養育費確保支援の多くは民間の保証会社と連携して行い、養育費の受取人が保証会社へ支払う初回保証料(全額または一部)を都道府県が補助し、不払いによる立て替えや回収は保証会社が行うという仕組みが広く採用されています。
「2018年に初めて行われた明石市の養育費支援事業では、当社の養育費保証と連携して支援を行いました。まず明石市が動いたことで全国に広がり、現在は各自治体で課題に向き合いながら支援事業にチャレンジしているところでしょう。行政の取り組みは公共性が高いだけに利便性が低かったり、制度の情報が届きにくい、という一面もあります。行政と民間が連携することで、民間事業者が提供する使いやすい保証サービスが活用されて、利用者にとってはより身近に、利用しやすい支援制度になるのではないでしょうか」(勝山さん)
さらに、自治体によっては「養育費の取り決め」に関わる支援も行われています。
明石市では2020年8月より「養育費取り決めサポート」を開始。家庭裁判所など現行の制度を活用できるよう、書類の書き方のアドバイスや手続きにかかる費用の補助などの支援をスタートしました。民間の保証会社でも、公正証書化のサポートをセットにしているサービスも登場しています。
「そもそも養育費の取り決めをしないで離婚するケースが多いので、初回保証料の補助と取り決めサポートをセットで行う自治体が増えています。養育費を支払ってもらえない場合に、速やかに強制執行の手続きを行って回収するためには、取り決めた内容を公正証書などの公的な書類にしておくことが不可欠です。離婚時には『養育費に関する取り決めを行い公正証書化すること』、『未払いに備えて養育費保証を利用すること』。この2つが安心の鉄則といえます」(勝山さん)
「養育費」の価値観を変え、より良い社会に
母子家庭の貧困化という問題を受けて、国も動き始めています。
2020年7月に行われた「すべての女性が輝く社会づくり本部」の会合で、政府は「女性活躍加速のための重点方針2020」を決定。その中で、離婚後の養育費不払い問題を解消するための法改正の検討が明記されました。離婚時の養育費取り決めを公正証書にすることを、今年中に法令化する目標で動いています。
「保証会社が単純に保証サービスを提供するだけでは、養育費未払いの根本的な解決にはなりません。国として法令化を推進したり、養育費に対する社会全体の意識を高めていく必要があります。我々は今後3年で書面での取り決め率を現在の30%から60%に、養育費の受け取り率を現在の25%から50%に向上することを目標に掲げ、「養育費を取り決める」、「養育費を支払う」ということが一般的な価値観の社会となることを目指して認知の拡大をすすめていきたいと考えています。働いても貧困状態にある母子家庭が多いことの根底には、女性に対するジェンダーギャップの問題もあります。その問題をしっかりと意識しながら、養育費保証を通して、女性も活躍できるフラットな社会に、誰もが生きやすい世の中に変えていくことを志して保証事業に取り組んでいきます」(勝山さん)
自治体と民間の養育費保証サービスが連携して養育費確保支援が行われる背景には、ひとり親家庭の貧困問題という、大きな社会問題があります。この問題の解決に向けて、世の中全体の意識を高めていくために、まずは養育費に関してひとりひとりの意識を高めていくことが求められています。
【お話していただいた方】
株式会社イントラスト
勝山 公裕さん
株式会社イントラストについて
2006年設立。総合保証サービス会社として賃貸住宅における家賃債務保証を中心に、医療費用保証、介護費用保証、など連帯保証人の代替商品として各種保証商品を幅広く展開。2017年東証一部上場。2018年には、いち早く養育費保証をスタート。養育費未払い問題の改善を行政へ提言するなど、事業を通してより良い社会づくりを目指している。