前回注目を集めた東京都の難読地名クイズに続き、今回は中級編をお届けします。知っているようで意外に知らない地名、あなたはいくつ読めますか? 地名の由来やその背景にある歴史を知ることで、自分たちが住む町の新たな一面が見つけられるかもしれません。
1,300万人以上の人口を抱える東京は最先端の情報を発信する国際的な大都市ですが、江戸時代に幕府が置かれたことから武家や町民の文化に根差した地名が多く存在します。
今回はそんな東京の難読地名を5つ取り上げ、読み方や由来、町の歴史などを紹介していきます。
馬喰町(中央区)
馬喰町は中央区の北端に位置し、千代田区と台東区に隣接した問屋が多いエリアです。
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↓その答えは?
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読み「ばくろちょう」
正式には日本橋馬喰町と言います。「馬を喰う」とはなかなかインパクトのある町名ですが、ここでいう「馬喰」には「馬や牛の仲介業者」などの意味があり、彼らは「博労」とも呼ばれていました。江戸時代には多くの馬喰たちがこの地域に住んでいたことから、その名が付けられたようです。武家の町である江戸では馬が欠かせないこと、また田畑を耕すために多くの牛馬が必要とされたことから、それに応じて大勢の馬喰が移住してきたと考えられています。
江戸時代、この界隈は宇都宮(栃木県)や白河(福島県)を経て東北地方に至る「奥州街道」への出発地でもありました。そのため多くの旅人が立ち寄る宿場町として発展した歴史があります。そして、これらの宿の中には裁判のために江戸に来た旅人を泊める「公事宿」と呼ばれる施設もありました。
公事宿とは現在でいう弁護士事務所のようなもので、宿の主人は訴訟のための書類作成や手続きの代行、さらには依頼人のための弁護活動などを行っていました。そのため馬喰町は公事宿の代名詞のような存在として知られています。例えば「国々の 理屈を泊める 馬喰町」「馬喰町 人の喧嘩で 蔵を建て」など皮肉の効いた川柳も詠まれました。
馬喰町界隈では人の往来が盛んであったため、宿泊客をターゲットに商品を売る商人が増加していき、明治時代には一大問屋街を形成することになりました。現在でも馬喰町には繊維関係などの問屋が多く見られます。
また最近では、最先端のアートを展示するギャラリーや古い倉庫などをリノベーションしたショップやカフェも次々と誕生するなど、おしゃれな街としても認知されるようになってきました。
等々力(世田谷区)
等々力は世田谷区の南西部に位置するエリアで、地区内には羽田空港から北区赤羽に至る環状8号線や目黒通りの幹線道路が通るなど、碁盤目状に道路が整備されています。早くから市街化が進みましたが、今なお多くの樹木や畑が残る自然豊かな地域でもあります。
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↓その答えは?
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読み「とどろき」
「とどろき」と聞くと、多くの人は「轟」の字を連想するかもしれません。実際に、等々力には「轟」が転じた当て字とする説があるのです。その元となったのが地区内にある等々力渓谷で、こちらは東京23区内に残る唯一の渓谷です。
等々力渓谷は多摩水系の支流である谷沢川で形成され、その豊かな水源からケヤキやコナラなどの樹木が植生し、野鳥のさえずりも楽しめるなど、都内とは思えないほど緑に溢れた景観が続きます。渓谷の長さは約1キロメートルほどですが、「都会のオアシス」として都民に親しまれ、東京都指定名勝として文化財指定もされています。
この等々力渓谷の名所の1つに「不動の滝」がありますが、滝の水音が「轟く」ように聞こえたことが、地名の由来になったと伝わります。また渓谷は穏やかな渓流ですが、現在の姿になるまでには何度も滝や崖が崩壊したと推測され、その轟く音から等々力の名が付けられた、とする説もあります。
「等々力」の地名は多摩川を挟んだ対岸の神奈川県川崎市中原区にも存在します。こちらにはプロサッカークラブ・川崎フロンターレのホームグラウンドである等々力陸上競技場があるため、関東圏以外の人は等々力といえばこちらを連想する人が多いかもしれません。
実は両エリアとも元は荏原郡等々力村という地域に属していました。しかし洪水や多摩川の改修などによって川の流れが変わると、現在の川崎市側の等々力が飛び地化していきました。そして1912年に東京府(当時)と神奈川県の境界が多摩川で引かれると、両エリアは完全に切り離されることになったのです。
砧(世田谷区)
砧は世田谷区の南西部に位置し、小田急電鉄・祖師ヶ谷大蔵駅の南側にあるエリアです。地名は一文字で画数も少ないですが、一般的にはあまり書く機会のない漢字です。
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↓その答えは?
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読み「きぬた」
400年以上前に徳川幕府が置かれた東京には、江戸時代にルーツを持つ地名が多いイメージがあります。ですが、砧にはそれよりずっと昔に由来を求める説が存在します。
古代、多摩川の近辺には多くの渡来人が居住しており、彼らは朝廷に納めるための布を生産していました。彼らは生地を柔らかくしたり、光沢を出したりするために布を叩きましたが、その際に用いられたのが「砧」と呼ばれる道具でした。そして、これが地名になったと言われます(諸説あり)。
砧は「衣板(きぬいた)」とも呼ばれ、多摩川周辺では夜になると布を打つ音が一帯に響き渡り、女性たちは川の清流で布を清めたと伝わります。その風情ある光景は詩や浮世絵などの題材にもなりました。
砧は祖師ヶ谷大蔵駅近くに円谷プロダクションが存在したことから、ウルトラマン発祥の地としても有名です。2005年には駅周辺の3つの商店街が一体となった「ウルトラマン商店街」が誕生。商店街のあちこちでウルトラマンをモチーフにした像や関連グッズなどが数多く見られ、歩くだけでも楽しめるエリアとなっています。
また2020年3月には、世田谷美術館やアスレチックジムなどがある都立砧公園に「みんなのひろば」がオープンしました。こちらは障がいがある子どもも、ない子どもも一緒に楽しめる、いわゆるユニバーサルデザインを取り入れた遊び場です。日本ではこうしたタイプの公園はまだまだ数が少ないため、多くの自治体から注目されています。
鑓水(八王子市)
鑓水は八王子市の南東部にあり、南西部では町田市と隣接しています。地名に用いられる「鑓」の画数は22で、書くのに相当苦労しそうな字です。いったい何と読むのでしょう。
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↓その答えは?
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読み「やりみず」
鑓水地区には多摩川の支流である大栗川が流れ、この源流部は非常に湧水に恵まれたエリアでした。そのため人々は丘陵の斜面に槍(鑓)のように尖らせた竹を打ちこんで、飲料水を確保していたと伝わります。その方法が「ヤリミズ」と呼ばれ、これが地名の由来になったといわれます。
鑓水は日本の商業史を語る上でも重要な地域です。1859年に横浜港が開港すると、日本と外国の間で本格的な貿易が始まりました。当時、輸出品の中心となったのは生糸です。主な生産地は長野県や群馬県などでしたが、横浜までの運搬起点として大量の生糸が集められた場所が鑓水だったのです。そして「鑓水商人」と呼ばれる生糸商人が横浜までの運搬を担い、莫大な富を得ることになりました。彼らが通った道は「絹の道」と言われ、鑓水峠にはその名を刻んだ記念碑が建てられています。
またこの地は、いわゆる心霊スポットとしての顔も持っていました。鑓水には毎年12月8日になると妖怪「一つ目小僧」が出現し、地域の人々を驚かせていたという伝承が残っているのです。なぜその日に現れるのかは不明ですが、住民は当日になると、魔除けとして竹で編んだ籠を吊るしたと言われます。籠には多くの隙間、つまり「目」がたくさんあるので一つ目小僧が驚き退散するというのです。
現在の鑓水地区はのどかな里山の景観が展開していますが、妖怪譚が伝わり、生糸で栄えた過去があるなど、歴史的にも興味深いエリアと言えます。
洗足(目黒区)
目黒区の南部に位置する洗足は、高級住宅街が立ち並ぶエリアとして知られています。地名の「洗足」には、文字通り「足を洗う」が由来とされていますが、今回はそれが誰の足であったかもクイズにしました。まず読み方です。
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↓その答えは?
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読み「せんぞく」
洗足は中世の時代までは隣接する大田区の南千束・北千束とともに「荏原郡千束郷」と呼ばれていました。目黒区によると「千束」とは千束ぶんの稲が貢租(年貢)から免除されていたことにちなんだ地名ということです。免租になった理由は、この地にある「千束の大池」が水源地として灌漑に利用されていたため、という説があります。
この千束の1エリアが、やがて「洗足」に変化するのですが、そこにはある歴史上の人物が大池で足を洗った伝承が由来とされています。さて、その人物とは?
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↓その答えは?
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「日蓮」
鎌倉時代に活躍した日蓮宗の開祖です。日蓮が足を洗ったという伝説は広く流布し、やがて大池も「洗足池」と呼ばれるようになりました。ただ、腑に落ちない点もあります。実は洗足池が存在するのは目黒区洗足ではなく、大田区南千束。地名が変わったのは洗足池のない目黒区の「洗足」で、なぜこのようなややこしい事態になったのかは不明です。
目黒区の近辺はかつて雑木林が広がる未開の地でしたが、大正時代半ばに田園都市構想が持ち上がったことで、大規模な宅地造成がなされ分譲が開始されました。そしてその後の区画整理によって、一帯が正式に洗足と名付けられたのです。1923年には目蒲線(現目黒線・東急多摩川線)が開通し、洗足駅も開業したことで、当エリアは急速に高級住宅街としての姿を現すようになったのです。
ちなみに、宅地造成などの開発事業は田園都市株式会社(現東急不動産)によって行われましたが、その創設者は2024年から新1万円札の図柄になる実業家・渋沢栄一です。
東京都の難読地名クイズ中級編、いかがでしたか。次回、上級編もお楽しみに!