新型コロナウイルス感染症では、高齢者と基礎疾患のある人は重症化リスクが高いと言われています。この基礎疾患に該当するのは、高血圧、呼吸器疾患、糖尿病、心血管疾患(動脈硬化等)などと説明されていますが、いわゆる生活習慣病と内容がかなり被っています。ニューヨーク大学では、肥満も重症化リスクを高める要因になりうるという研究結果を発表しています。
新型コロナにかかわらず、一般的に、免疫力が弱いと病気にかかりやすいと言われます。喫煙や過度のストレス、栄養の偏り、睡眠不足、肥満などが免疫力を低下させやすいということは、広く知られているところですが、これらの課題を「街づくり」を通して解決しようとしている取り組みがあるのをご存知でしょうか?
都市モデル「スマートウエルネスシティ」とは
加齢を防ぐことはできませんが、生活習慣病は、心がけ次第で誰にでも防ぐことができます。生活習慣病を防ぐために自分でできることは、食生活に気を配ることと、適度な運動を習慣化させることが大切です。例えば、クルマに依存しすぎた生活では歩くことが少なくなってしまい、運動不足になりがちです。
人々が生涯にわたり、いつまでも元気で暮らせるよう健康を保つには、行政が保健、医療、福祉の分野からのアプローチに留まらず、健康づくりを融合したまちづくりに取り組む必要があると考えられています。
2009年11月、新しい都市モデル「スマートウエルネスシティ(SWC)」というプロジェクトが全国8の自治体によって発足しました。提唱者は、筑波大学人間総合科学学術院の久野譜也教授で、
・Smart(賢明、快適、エコ、美しい)
・Wellness(健幸、安心)
・City(まちづくり)
の略語です。
ウエルネス(健幸)は、「個々人が健康かつ生きがいを持ち、安心安全で豊かな生活を営むことのできること」という意味で、これがまちづくりの中核です。
SWCプロジェクトに参画する自治体は、SWC首長研究会を定期的に開催しており、参画自治体は今年5月時点で埼玉県さいたま市や東京都多摩市など106にまで増えています。
住んでいるだけで健康になるまちづくり
国の調査によれば、健康づくりのために行動する人と行動しない人の割合は3:7という結果が出ています。日本人の健康に関する基礎知識は、他国より明らかに高いと言われていますが、しかしながら、70%の人は健康の重要性が「わかっていても行動できない」ということです。
生活習慣病予防のために08年4月から特定健康診査(いわゆるメタボ健診)が義務化されましたが、これは公衆衛生学では「ハイリスクアプローチ」と呼ばれます。リスクの高い人を対象に絞り込んで対処する方法ですが、モグラ叩きで終わってしまう可能性も指摘されます。
久野教授はモグラそのものを減らす「ポピュレーションアプローチ」の方が有効であると主張します。つまり、対象を限定せず、地域住民全体へ働きかけることで、地域全体のリスクを低減する取り組みです。
自動車を減らし、歩行をうながす
地域住民全体の日常の身体活動量を増加(底上げ)させることがポイントになりますが、具体的な手法として、「そのまちに住んでいるだけで“気がつかないうちに”歩いてしまう、歩き続けてしまう」まちづくりがあります。
例えば、自動車の流入を制限する地区をつくり、近隣の住民が歩くようになると、日常の身体活動量が増える可能性が高くなります。地方都市の多くは中心市街地がシャッター街と化し、人通りが少ないという現状がありますが、これを昔のような賑わいある街に戻すのも有効でしょう。また、美的景観の良い地域に住んでいる人やソーシャルキャピタル(社会的なつながり)が高い地域ほど健康度が高いなど、まちの構造と健康の関係について、様々なデータも出ています。
都市環境における「歩きやすさ」はソーシャルキャピタルの発展を促し、適切な施設があれば地域住民の健康を増進させます。遊歩道や自然歩道を作ったり、設備を増強することで、観光客や住民がハイキングやウォーキングを通して市内にある自然景観や歴史的景観を見て回ることが容易になります。公共交通機関の利用にインセンティブを設けることで、自動車交通量を削減することが可能になります。
具体的な事例:新潟県見附市
公益財団法人都市計画協会はコンパクトシティの取り組み支援のために、2017年から「コンパクトシティ大賞」の表彰を行っています。その第1回目の最高賞「国土交通大臣表彰」に新潟県見附市が選ばれました。11省庁が連携し、2年間かけ、モデルとなる都市を全国から検討した中での受賞となりました。見附市は09年のSWC発足メンバーです。
見附市は以前から、人口が減少しても持続できるまちにするため、住んでいるだけで健やかに幸せに暮らせる「スマートウエルネスみつけ」の実現を目指していました。そのためには、市民が自然と外出し、歩き、人と交流する街づくりが不可欠でした。その一環として、外出したくなる施設を中心部に集約し、それ以外の地域と公共交通でつなぐコンパクトシティの形成に力を入れていました。
見附市のまちづくりは、17年に「第5回プラチナ大賞」最高賞、19年に「第3回先進的まちづくりシティコンペ」最高賞を受賞するなど、様々なところで高く評価されています。また、毎年約120件、約1000人が全国から視察に訪れるといいます。
超高齢化社会を迎えた今、高度経済成長のときのようなクルマ中心の生活を続けることが極めて難しいという事実は、今や多くの人が認識しています。コンパクトに設計された都市に住むことで得られるのは、利便性だけでなく、人とのつながりであり、そして、健康なのです。