新型コロナウイルスの新規感染者数は今も毎日報道されています。新型コロナウイルスが地球上から消滅したわけではありませんし、特効薬やワクチンが開発されたわけでもありません。今後もマンションやアパートのような集合住宅で感染者が出る可能性は十分考えられます。その際、クラスター(小さめの塊)化する危険性はないのでしょうか。マンション管理組合の役割を考えます。
マンション内で感染者が発生したら、管理組合はどうすべき
「マンションで感染者が出たら…」という質問を聞くことがありますが、実は感染者が出たことを知りうるすべはありません。毎日、ニュースで発表している新規感染者数は自治体単位のものであり、役所や保健所に問い合わせても、感染者がどこに住んでいるのか詳しく教えてくれることは絶対にありません。
さくら事務所のコンサルタント・土屋輝之氏は自身が担当する大規模マンションで感染者が出て、相談を受けたそうです。そのときの様子をこう話します。
「感染者の家族が仲の良いマンション住人に話したところ、それが管理組合の知るところとなりました。組合の理事会としては知った以上、何らかの対策を取らざるを得ませんでした。管理会社に連絡したところ、管理会社はすぐに消毒業者に依頼しました。その業者はたまたま対応できる日があり、消毒することができたそうです」(土屋氏)
誤解されがちですが、保健所が私有地やマンションなどを消毒することはありません。また、保健所に相談しても、民間企業である消毒業者を斡旋することもありません。感染者発生の事実を知った管理組合は、自分たちで解決しなければなりません。
土屋氏は管理組合の対応として、すぐに契約している管理会社に相談するようすすめます。
「今はなかなか消毒業者の手配がつかないと言われます。また消毒作業は小さなマンションでも40万~50万円と決して安くありません。仮に、すぐに手配できる業者が見つかっても、その費用負担をどうするかという問題があります。本来は理事会で決議すべきところですが、時間的猶予もないので、マンション管理費に予備費や剰余金があれば、そこから捻出していいものかどうか決断を迫られます。
私が相談を受けた理事長は『私が消毒を躊躇したために二次感染を発生させては…』と悩んでいました。私は、独断で発注しても裁判になったところで負けませんとアドバイスしました。不安な場合は、理事メンバーに情報を周知しておけば大丈夫です」(土屋氏)
土屋氏が聞いたところによれば、感染者が出たマンションを消毒した専門業者は、物々しい防護服で現れたといいます。一般の清掃会社とはノウハウが違うのかもしれません。
マンション内の感染防止策は共用部分の消毒がメイン
管理組合としてできる感染防止策は、共用部分で多数の人が触れる部分を日々こまめに消毒することです。常駐の管理人がいれば、その方が日に3~4回、ドアノブやスイッチ、廊下や階段の手すり、ロビーのソファ、エレベーターのボタンなどを次亜塩素酸水や消毒用アルコールで拭きます。
常駐の管理人がいなければ、契約している清掃会社にお願いするしかありませんが、今回のような感染症は日常の清掃作業では想定していないので、契約内容には含まれていないかもしれません。日常の清掃業務を減らしてでも、優先的に消毒作業をお願いする必要があるでしょう。
また、ロビーのソファや集会室など共用部分の利用制限も速やかに検討しなければなりません。大規模マンションや高級マンションだと、ゲストルームやスポーツジム、展望室などを備えているところもあるので、すべて該当します。
「ゲストルーム等のマンション共用部分の管理に関しては、理事会の決議を経て一定の利用制限をすることも可能だと思います。ただ、明文化されていない部分に関する管理規約等の解釈を行うことになりますので、理事会として、マンション住人に理解を求める姿勢やその根拠を明確にする情報開示などが必要です」(土屋氏)
マンションに住む人に対して、土屋氏は「共用部分はマンション内ではあるものの、“外出”と同じであると考えてほしい」とアドバイスしており、そうすればクラスター化を防げるといいます。
地震も水害も感染症も。防災の考え方は同じ
マンション内でひとたび感染者が出たという噂が広がると、感染者捜しが始まるかもしれないし、疑われた家族は住みづらくなってしまいます。子どもがイジメにあう可能性も考えられます。
防災ネットワーク研究所の本瀬正和社長は、そういうパニック状態を避けるには「消毒レベルを上げるなど、日々の予防活動が大切」と言います。そのうえで、「感染症予防は、地震や水害などの防災と考え方は同じ」と言います。
地震の多い日本では、建築基準法が何度も改正され、マンションは比較的、地震に強いということが広く知られています。しかし、今回のような感染症は想定していなかったために、その構造には課題も見えてきました。
本瀬氏は「マンションはエレベーターに依存しすぎているということと、共用部分に対する住民の意識が問題」と指摘します。
高層マンションあるいは高級マンションほど、日常的に階段を使う機会は少なくなります。出勤・通学など時間帯によっては、エレベーターを使う住民が集中してしまうので、「3密(密閉、密集、密接)」が生まれやすくなります。
「新型コロナウイルスは咳等の飛沫が空間にしばらく留まるので、十分な換気が大切です。エレベーターのボタンや階段の手すり、ドアノブなどは1日複数回の消毒が必要です」(本瀬氏)
さらに、共用部分についてはこう話します。
「『共用部分にゴミが落ちていたら拾いますか?』というアンケートをとったことがあります。拾わないという人が多数でした。マンションの通路やロビーなどの共用部分は自分の家の中ではないので、“みんなのもの”というグレーゾーンになっており、そのときどきで考え方の使い分けをしているんですね。でも、共用部分を通らないと自室にはたどり着けません。マンション防災ではこうした住民意識を変えていく必要があります」(本瀬氏)
防災では管理組合と管理会社の役割が大きいのですが、中古マンションを選ぶときは、管理費・修繕積立金の滞納率もポイントの1つになると本瀬氏は言います。
「管理費や修繕積立金の滞納率が高いマンションは、住民の防災意識が低いと推測できます。今回のように、緊急事態のときに管理費が不足していると、十分な予防活動ができなくなります」(本瀬氏)
中古マンションを検討している人は「マンションは管理を買え」というフレーズを聞いたことがあるかもしれません。滞納率については、良心的な仲介業者なら、聞けば教えてくれるでしょう。
最後に、本瀬氏のアドバイスとして、感染症に関する消毒について、公益社団法人日本ペストコントロール協会に様々な知見があるとのこと。同協会のホームページには「新型コロナウイルス対策 自分で行う消毒マニュアル」が掲載されています。
<取材協力>
株式会社さくら事務所
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防災ネットワーク研究所
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