住みやすいと人気の高い街には共通項があります。交通の便のよさ、教育・文化施設や子育て支援など公共面での充実、再開発計画などの将来性。しかし、スペックを見比べるだけでは、その街の空気感、日常の充実度、これからの生活のイメージはなかなかつかみにくいもの。そこで、話題の街の日常に1歩深入りし、その街を見続けてきた人たちを訪ね、「この街の住みやすさの本当の理由」をお聞きしました。今回は「ARUHI presents 本当に住みやすい街大賞」ランキングでも人気を示す「南阿佐ヶ谷」です。
※本記事は2020年3月取材時の内容を元に構成しています。新型コロナウィルス感染対策のため一部店舗やスポットは通常通りに営業していない可能性があります。詳しくは各ホームページをご確認ください。
阿佐ヶ谷の中を引っ越し続け、暮らし続ける人びと
「南阿佐ヶ谷」は東京メトロ・丸の内線の駅名であり、そうした地名があるわけではありません。
今回は地下鉄メトロ丸ノ内線南阿佐ヶ谷駅の地上出口のある杉並区役所前交差点を起点にJR中央線阿佐ヶ谷駅までを半径とする徒歩10分程度のエリアに目を向けてみました。円の北側は中杉通りを中心に公共施設や商店街が続く「阿佐ヶ谷南エリア」。円の南側は閑静な住宅街が広がる善福寺川沿いの「成田東エリア」です。「住まいと駅」の線移動ではなく、歩くことで「南阿佐ヶ谷を面でとらえる」とその独特な魅力が見えてきました。
今回、街の人に聞くと、「都外の出身者だけどずっと阿佐ヶ谷で暮らしている」という人が多くいました。阿佐ヶ谷の住民は、賃貸であれば阿佐ヶ谷の中で引っ越す人が多いそうです。戸建ての分譲物件も購入者は地元の人が多いとのこと。家庭を持ち、子どもが生まれて生活が変わっても、「ずっと阿佐ヶ谷で暮らしたい」という人が増えているようです。そうした地元の人がイメージする「南阿佐ヶ谷」をたずねると「善福寺川」「成田東」という答えが返ってきました。
「善福寺川」のイメージとしてよく紹介されるのは、タイトル写真のような満開の桜です。取材は2月下旬。交差点を下り、成田東地区へと歩を進めた第一印象は、葉の落ちた木々の少し寂しげな風景でした。しかし、しばらくすると印象は激変一変します。青梅街道を行き交う車の喧噪も届かない静かな街中で足を止めると、そうした自然の音が周囲を満たします。大きく蛇行する善福寺川沿いの散歩は、風景の変化、鳥や木々、草花の発見の多さに飽きることがありません。
成田東の住民でなくても誰もがこの空間と時間に身を置くことができます。目的もなく、ただ過ごせる場所がある。「便利さ」とは異なる、「住みやすさ」が南阿佐ヶ谷にはあることを地元の人びとは誰もが感じていたのです。
地元の人は「暮らす上でストレスがないのも南阿佐ヶ谷の魅力」といいます。阿佐ヶ谷駅と南阿佐ヶ谷駅を結ぶバス通りの中杉通りの東側には、同じ長さの商店街「阿佐谷パールセンター」があり、買い物客で賑わいます。約700m、200数十店舗が軒を連ねるアーケードは、雨の日も快適で、朝夕は通勤・通学の生活道路でもあり、人通りが途切れることはありません。
「約束をしない待ち合わせ」ができる街
「阿佐谷パールセンター」とともに「阿佐谷ジャズストリート」の会場となるのが、青梅街道から150mほど続く「南阿佐谷すずらん通り商店街」です。スズランを模したかわいい街灯が並ぶ商店街でランチを検討していると、店頭に「ママチャリ」がぎっしり並ぶ店を発見。夜は串カツを提供する居酒屋のようです。
「串カツ屋エベス」には座敷もあり、子ども連れでも気兼ねなくくつろげる使い勝手のよさが人気の一因。店主の川名洋彦さんに商店街の魅力を聞きました。
川名さんは、南阿佐ヶ谷で「商売」をしていて感じるのは「人」のよさだといいます。
「街の賑わいにとイベントを企画すれば、手を挙げて協力してくれる人もいる。住んでいる人には住みやすく、外の人にも来やすい街。そこでおいしい食事を提供して喜んでもらえる。店にもお客さんにも、この場所だから生まれる満足度があります」(川名さん)
阿佐ヶ谷地区全体では、数百の飲食店があるといわれています。個人経営の小規模店が多く、カウンターでお酒を1、2杯、店主や客との会話を肴に1,000円程度で2、3軒のハシゴ酒をしながら夜の阿佐ヶ谷を移動して過ごす。そうした阿佐ヶ谷ならではの飲み屋文化があるそうです。
阿佐ヶ谷駅北側の西にのびる「スターロード」、南側の東にのびる「一番街」、西側の「川端通り」が主な繁華街ですが、それ以外にも阿佐ヶ谷駅南北には個性的な飲み屋が点在。その魅力を地元に住んでいる人たちに知ってもらうためにイベント「阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り」を始めた森口剛行さんに話をうかがいました。
「イベントの案内に『約束しない、待ち合わせ。』とコピーを付けました。阿佐ヶ谷では、『ひとり飲み』も1人じゃないんです。なじみの店でもはじめての店でも、店主や他の客とのコミュニケーションが生まれやすい」(森口さん)
夜、街中に点在している飲み屋を知ることは、阿佐ヶ谷で暮らす上で大切なことだと森口さんは考えます。
「そこに自分の居場所があるんです。会社帰りにコンビニで缶ビールを買って、自宅でスマホをいじって過ごして終わる1日ではなく、月に1度でもいい、酒場で誰かと会話をする。親しくはなくても顔なじみではある。そんな誰かとのコミュニケーションで解決する日常の重荷ってたくさんありますから」(森口さん)
さらに森口さんは「そもそも待ち合わせは、約束の時間を気にしなくちゃいけない。ひとり飲みなら、その全部の煩わしさがないんです」といいます。
「誰かと話したい。そんなささいな希望、時間の過ごし方が、阿佐ヶ谷ならいつでも手軽に実現できる。でも、それを知らずに住んでいる人が多い。たとえば、朝の阿佐ヶ谷駅のホームで顔なじみの人を見かけることはほぼありません。そんな体感から、阿佐ヶ谷の飲み屋の魅力を知っている人は、住民の 1%程度じゃないかと思ったんです。街の飲み会イベントは、外から人を呼ぶためのものが多いと思いますが、『阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り』は、住んでいる人に向けて、街の中にいくつもの居場所を発見して、街での暮らしを豊かにしていく。そうした阿佐ヶ谷の日常が、お試し体験できるイベントです」(森口さん)
森口さんは昼間会社の仕事をしながら年2回のイベントを主催。人からは「街づくり」に取り組んでいるといわれるそうですが、本人は否定します。
「自分のためです。情けは人のためならずのことば通り。飲み屋文化を知る人口が、住民1〜2%になれば店の売り上げは2倍になります。僕は、この街で『商売』をするのが好きなんですよ。商売をしているから街に住んでいる人に出会える。コミュニティがあるから、この街でずっと暮らしたいと思える。そうした充実を、この街で暮らす他の人にも知ってもらいたい」(森口さん)
店を出てJR阿佐ヶ谷駅に向かうと、駅から帰路に着く人の多くが「阿佐谷パールセンター」のアーケードへ向かっていきます。街での暮らしがこれから始まる時間。家でのんびり過ごすも良し、少し街を歩いて「居場所」で過ごすも良し。南阿佐ヶ谷では、昼も夜も自分の時間を過ごせる場所がありました。
「本当に住みやすい街大賞」から見た「南阿佐ヶ谷」の今を分析する
「ARUHI presents 本当に住みやすい街大賞」における「南阿佐ヶ谷」のランキング(10位圏内)推移は次の通りです。
○2017年 1位(総合評価4.58/発展性4.3/住環境5.0/交通の利便性5.0/コストパフォーマンス3.6/教育・文化環境5.0)
○2019年 2位(総合評価4.40/発展性4.9/住環境4.0/交通の利便性4.1/コストパフォーマンス4.0/教育・文化環境5.0)
○2020年 圏外
2020年には10位以内には入りませんでした。杉並区全体で地価が上昇する傾向にあり、中でも阿佐ヶ谷エリアはトップの上昇を示しています。主に駅南側を中心としたものですが、地域の利便性の高さが住みやすさとして評価されたゆえでしょう。毎年のランキングでもJRと地下鉄に加えバスも加えた交通の便のよさが挙げられています。南阿佐ヶ谷の公共・商業・自然環境に加え、短時間の移動で多彩な杉並区各エリアの街を生活圏の一部として利用できるのも魅力です。
職場と家を結ぶ利便性だけを見ると、住まい購入コストに地価の影響は直結しますが、昼も夜もずっと暮らす街として、地域を知ることで、住まいの価値はもっと高まり、相対的にコスト感は変わって1きます。駅から家の「地域」の魅力を深掘りすることで、「南阿佐ヶ谷」の魅力は、まだまだ見つかりそうです。
取材協力
阿佐ヶ谷飲み屋さん祭り
南阿佐谷すずらん通り商店街