住まいは本来、家族を守る役割を果たさなければならないはずですが、日本の住宅は残念ながら、家庭内事故を防ぎ、住む人の健康を守ってくれる住まいになっていない面もあります。それだけに、多発する転倒・転落や浴槽・浴室での事故など、家庭内事故を防ぐためには、住まいのバリアフリー化と断熱化が不可欠です。
なかでも断熱化に関しては、体の健康だけではなく、心の健康にも効果があるといわれ、住む人の命を守るシェルターとするための切り札といってよいのではないでしょうか。
技術の進歩で交通事故による死者は着実に減少
まずは、下の図表をご覧ください。ブルーの折れ線グラフは、わが国における年間の交通事故死亡者数の推移を示しています。
図表1 交通事故と家庭内事故による死者数の推移(単位:人)
安全技術の普及、医療技術の進歩などによって着実に減少しているのが分かります。なかでも、クルマの安全性能の向上、さらにエアバッグ、シートベルト、チャイルドシート普及の効果などが大きいのではないでしょうか。
10年で家庭内の溺死・溺水が1.5倍近く増えている
その点でいけば、家庭内の事故死についても、住宅の基本性能の向上、付加的な設備の設置などによって、死者数を減らすことができるはずです。
家庭内事故の原因の二本柱は、「転倒・転落・墜落」と「不慮の溺死及び溺水」です。
このうち、「転倒・転落・墜落」については、図表1のグレーの折れ線グラフで分かるように、この10年間で減少しています。住まいのなかの段差の解消、手すりの設置などのバリアフリー化が、着実に効果を挙げているといってよいでしょう。
しかし、「不慮の溺死及び溺水」は逆に増えています。2009年には3,964人だったのが、2018年は5,883人で、何とこの10年間で1.5倍近くに増加しているのです。
この「不慮の溺死及び溺水」というのは、浴槽のなかで溺れたり、浴槽に転落して溺れるケースを指し、その原因の多くが住まいのなかの「ヒートショック」だといわれています。
特に、築年数の長い一戸建てでは、居間はエアコンやストーブで暖かくしていても、廊下に出ると急に寒くなり、更衣室はさらに冷たいので、あわてて衣服を脱ぎ捨て、熱いお湯に飛び込むことになりがちです。その間の激しい温度変化に心臓が耐えられずに心筋梗塞、脳卒中などを起こしてしまうわけです。
住まい全体を暖かくすればヒートショックは抑制できる
とはいえ、冬でも住まい全体が暖かい北海道ではヒートショックが少なく、世界的にみても寒冷地の北欧などもヒートショックは少ないといわれています。
日本サステナブル建築協会が国土交通省などの委託を受けて、このヒートショックなどの家庭内事故死を抑制するための実証実験を行っていますが、住まい全体の温度が高くなるほど、お風呂のお湯の温度がぬるくなり、お湯に入っている時間も短くなって、ヒートショックが起こりにくいことが証明されています。
反対に、住居内の温度差が大きく、更衣室や浴室の温度が低い住まいだと、お湯の温度が高くなり、浴槽に入っている時間も長くなります。必然的にヒートショックによる事故死が増加する可能性が高まります。
住まいの温暖化によって血圧が10mmもダウン
ヒートショックを起こしやすいかどうかは、住まいのなかの温度差が大きく影響するのですが、さらに住む人の血圧が高いと、やはりヒートショックを起こしやすくなります。
そこで、住まいの断熱化を進めて、室内の温度を上げれば、血圧が低下することも、日本サステナブル建築協会の調査結果から明らかになっています。
図表2 室温別の起床時の最高血圧の変化
図表2にあるように、室温10度の寒い住宅で生活している人と、20度以上の暖かい住まいで生活している人を比較すると、起床時の最高血圧が大きく異なっているのです。
30歳男性の場合、暖かい住まいだと最高血圧が3.8 mm低くなり、80歳男性だと10.2 mmも違ってきます。最高血圧150が140に下がるのです。
血圧を下げるためには、適度な運動やクスリが必要といわれますが、それらに頼らなくとも、住まいを暖かくするだけで血圧が下がる可能性があります。血圧の高い人でも、断熱性能の高い住まいに引っ越したり、断熱化リフォームを行うことで、血圧を下げ、ヒートショックのリスクを小さくできるわけです。
14度未満の「寒い住まい」ではさまざまなリスクが
同じように、住まいの温暖化によってコレストロールが下がることも、日本サステナブル建築協会の調査で確認されていますが、意外性を感じるのが、骨折やねんざ、そして心の病にまでも効果があるのではないかという点でしょう。
図表3 寒い住まいでは骨折・ねんざのリスクが1.7倍に
図表3にあるように、室温14度以上の住まいの人の骨折やねんざのリスクを1とした場合、室温14度未満の住まいでは1.7倍にリスクが高まります。
なぜなのか――日本サステナブル建築協会では、「居間室温が14度未満だと、皮膚表層部の血量が減少し、周辺の筋肉が硬直することが、けがにつながる可能性が高い」としています。
さらに意外なのは、住まいの温暖化は「体」の健康を促進するだけではなく、「心」の病気にも効果があるとする点ではないでしょうか。
図表4にあるように、14度以上の住まいを1とした場合、14度未満の住まいでは「心」の病にかかるリスクが1.7倍に高まるといった調査結果が出ているのです。
図表4 寒い家では心の病気になるリスクが1.7倍になる
なぜそうなるのか、日本サステナブル建築協会では、「日照時間が短くなる秋季、冬季にはうつ病が多く見られることと関連があるのではないか」としています。寒い住まいのなかでは動くのもおっくうになり、閉じこもりがちになってしまい、心の病を加速させているのかもしれません。
家族のひきこもりなどに悩んでいるご家庭なら、「住まいの断熱改修」を考えてもよいかもしれません。住まい全体が暖かくなれば、家族の活動が活発になって、交流が増え、「心」の病を防げる可能性があります。
クルマの安全性能はますます向上、住まいは?
最近では、クルマの自動運転が現実のものとなりつつあり、衝突回避などのサポート技術も向上しています。そうした先端技術を搭載した自動車への補助金制度も充実、交通事故による死亡者数はさらに減少していくはずです。
住宅に関しても、高断熱・高気密の省エネ性能の高い住まいには各種の補助金を付けたり、ローン減税額を増やすなどの優遇措置がとられています。ただ、補助金の多くは住宅メーカーや工務店を対象としたものが多く、消費者にとってはいまひとつ実感がないため、高断熱・高気密などへの意識が高まりにくいという面があるのかもしれません。
住まいを心身の健康リスクから守るシェルターにするためにも、マイホームを取得するときには、高断熱・高気密で、省エネ性能に優れた住まいを選ぶ、取得や買い換えが難しいときには、リフォームで断熱化を図る、ということをしっかりと頭に入れておいていただきたいところです。