アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた優秀作品をそれぞれ全文公開します。
人生には大切な日が二つある。生まれた日と、生まれた理由がわかった日。爺ちゃんと見た映画の冒頭に出てきた言葉だ。高校生の僕にはぼんやりとしかわからなかったが「かっこいいな」と僕が言うと「もうひとつあるで」と爺ちゃんはにやりとしながら続けた。
「さいならする日が実はいちばん肝心なんや」
あれから何年経ったのだろう。
今、僕の目の前で、爺ちゃんはほんとうにさいならしようとしている。
「謙也、携帯ばっかいじってないで爺ちゃんになにか話しなさい!」
目を真っ赤にした母さんが僕に振り返った。ベッドに横になっている爺ちゃんの目はもうずっと閉じている。ただ眠っているようだけど、かなり小さく軽くなった爺ちゃんをそばで見ているのは母さんもしんどいのだろう。
「捜してんだよ、爺ちゃんととった写真」
と僕は素直に言った。
「写真なんか今捜さなくてもいいじゃないの」
「・・・使ってほしいって爺ちゃんが言ってた写真があるんだ」
「なにそれ・・・なんでそんなこと謙也にだけ伝えてるの」
父さんを早くに亡くした僕には爺ちゃんが父親代わりだった。母さんにとっても爺ちゃんが大きな支えには違いなく、ショックを受けた母さんは黙ってしまった。仕方なく、僕は話を続けた。
「高2のときだよ、爺ちゃんと映画見に行ったとき。帰りに喫茶店に寄ってあれこれ話してさ、謙也は将来どうするんだってマジな話になってさ。大学は東京へ行きたいってことだけは話してたけど、爺ちゃんが言ったんだよ。おもろい仕事につけたら万歳や。ほいでも、さいならすることもあるのが人生やから、あかん会社や休めん仕事につかまったら、そんときはさいならしいやって」
母さんは目を丸くした。爺ちゃんはベッドで横になったままだが、母さんと僕の会話はすべて聞いているだろうと思った。母さんは爺ちゃんに言った。
「お父さん、謙也は大丈夫。就職先も決まったけどブラックじゃないわ」
「母さん、爺ちゃんが言ったのは例えだって、さいならすることもあるって例えだよ」
「そんなことわかってる。言われなくたってわかってる。謙也にどうして、お父さん、なんで悲しくなるようなことを言ったりしたんよお」
母さんはほろほろと涙を流した。僕の記憶では、十歳のときに婆ちゃんが亡くなったことは覚えているが、気丈だった母の姿しか、それも少ししか思い出せない。その母が今は別人のようだ。
あのとき、僕は写真をとるのが嫌だった。
「携帯なんて買い替えちゃうからさ、写真データは更新していかないと今とったとしても写真なんかどっかにいっちゃうよ」
なんでもいいから理由をつけてやめさせようとしたのに、爺ちゃんはどうしても二人で写真をとるんだと言って譲らなかったのだ。
「今日は写真とったらええぞ。謙也と爺ちゃんの男同士の絆が写っとる」
「男同士の絆?」
「そや。さいならする日も大事やって前向きに死ぬこと考えたやないか」
「それが男同士の絆になるって?」
ふふん。と爺ちゃんは嬉しそうに笑った。さっぱりわからんと思った。
「謙也、人生にはさいならがなんべんもくるで。爺ちゃんとさいならするときにはな、さいならする本番の練習だと思ってな」
「そんな練習なんかしたくないよ〜」
「ワハハ、天邪鬼やなあ〜」
「頼むからさあ、爺ちゃんは長生きしてよ。長生きして」
爺ちゃんはしばらく黙って窓の外を見ていた。いや、どこか知らない、僕が想像できない場所のことを考えていたのかもしれない。そして、僕を見ないで口を開いた。
「死ぬ日までは生きる。それしか言えん」
その瞬間を僕はとっていた。とってしまっていた。すげえ渋い、かっこいい爺ちゃんの顔だった。