千鶴は冷蔵庫横の棚に持ってきたパンを置くと、夕飯の準備をしている美幸の背中に話しかけてきた。美幸はちょうどキャベツをきっているときだった。いつも勝手にあがってくるので、美幸は手を休めることなく調理を続けていた。
「手紙を書いたんでしょう。見せてよ」
美幸はすぐに催促してきた。
「それが書くのをやめたの。代わりに、書斎をプレゼントすることにしたの」
「どういうこと。なんでそこまでしなければならないのよ。この家、リビングのほかは二部屋しかないのよ。自分用の部屋なんて与えるの贅沢じゃないの。なにもそこまで旦那に媚びを売らなくたってさ」
「媚びなんかじゃないの。そういうのとはちょっと違うのよ」
「だめね。そんなことしていると下にみられるわよ」
「下とか、上とか、そんなんじゃないから」
不満そうに言う千鶴にうまく説明できずにいると、玄関のベルが鳴った。小走りで駆けていってすぐにドアを開けると、そこには宅配便の制服を着た青年が二人立っていた。ふたりでなければ持ちきれないほど大きく平たい箱を運んできていた。太一が注文した物と宅配の青年は言った。親切な青年だったようで「重たいから……」と言って、家の奥にある作りかけの書斎まで二人がかりで運んでくれた。
宅配の青年が帰るのとほぼ同時に太一が帰ってきた。なので何が運ばれてきたのか美幸は確かめる間もなかった。
「どうしたの、こんなに早く」
「早退してきたんだ。荷物が届くのが気になったからね」
「ごめんなさい。まだ納豆を買いにいっていないの。これから買いにいくつもりだったんだけど」
「いいよ、納豆なんて。いつでも食べられるんだからさ。今日はごめんな。納豆のことなんかで怒ってしまって」
太一は朝怒っていたこと素直に謝った。
「わたしだってハガキのことで怒って、ごめんなさい」
美幸も素直に言葉がでてきた。ふたりは少し見つめ合いほほ笑みあった。
「それでなにを買ったの。こんな大きな物」
「開けてみてのお楽しみだよ」
千鶴はあっさり仲直りしたふたりをいぶかしそうにみながら「どうせ、くだらないものでしょう」と、つぶやいた。
美幸はプレゼントを渡すのは今しかないと思った。時間がたてば千鶴がなにを吹き込むかわかったものではなかった。
「あのね、あそこの部屋をあなたの書斎にしようと思うの。忘れているかもしれないけど、今日は結婚記念日でしょう。だから太一に感謝してわたしからのプレゼントなの」
「……」太一は口をあけて驚いたまま何も答えなかった。
「自分一人になれる場所がほしいって言ってたでしょう。だから」
「美幸は誤解しているよ。それは一人になる場所はあったほうがいいよ。でもそれよりも大切な場所があるから、……それがあるから他はなくても大丈夫なんだよ」
「……」今度は美幸が口を開けたまま何も答えないまま黙った。
「この荷物は僕からのプレゼントなんだ。開けてみるね」
太一は段ボール箱をとめていたガムテープを取ると、なかから木の棒のような物と長方形の平たい板と弾力のあるマットレスを取りだした。
「なにかしら」
「ベビーベッドだよ。美幸、赤ちゃんができたんだろう」
ええ、と先に驚きの声をあげたのは千鶴だった。美幸はちいさく頷いただけだった。
太一は木製の木の柱を器用に組んでいった。四つに組んだ木の端らに板を乗せ、その上にマットレスを乗せてベビーベッドを組立てた。