【ARUHIアワード12月期優秀作品】『結婚記念日のプレゼント』吉岡幸一

 美幸は千鶴がくると早速夫の太一と今朝喧嘩をしたことを話した。だれかに話さずにはいられない気分だった。
「喧嘩したまま結婚記念日を迎えたくないの。仲直りをしたいのよ」
 美幸はもらったパンを冷蔵庫のとなりの棚の奥にしまった。失敗作のパンと千鶴はいつも言っていたが、美幸にはどこが失敗なのかわからなかった。これまでもらったどのパンもきれいでおいしそうなものばかりだった。
「向こうは今日が結婚記念日っていうこと忘れているのよ。男っていつもそうだから。じゃないと、納豆がないくらいで怒ったりしないでしょう」
 千鶴は呆れたように言った。
「でも買ってくるのを忘れたのは本当だし、それに私も太一がハガキを出し忘れたのを怒ってしまったし……」
「美幸は本当に甘いんだから。あんまり男をつけあがらせると、そのうち暴力をふるわれるようになるわよ」
 千鶴は自分の経験から言った。
「太一はこれまでわたしに手をあげたことなんてないし。普段はやさしい人だから」
「はいはい、ごちそうさまです。それじゃ、納豆をたくさん買ってきてあげればいいんじゃないの。好きなだけ食べられるようにね。それなら彼も文句はないでしょう」
「それって嫌みぽくないかな」
「じゃあさ、手っ取り早くなにかをプレゼントするのはどうかな。仲直りと結婚記念のお祝いを兼ねて。きっと彼はプレゼントなんて気が回らないだろうけど」
「べつにわたしは何ももらわなくてもいいのよ。仲直りさえできれば……。結婚記念日を喧嘩したまま過ごしたくないだけだから」
「いいな、新婚さんは。でも来年同じことが起こったらきっと彼を追い出したくなると思うわよ。結婚生活なんてそんなものだから」
 千鶴は自分で勝手に冷蔵庫を開けると缶コーヒーを取りだし、蓋をあけて飲んだ。
「ネクタイなんかどうかしら。それとも腕時計のほうがいいかな。太一も新しい腕時計がほしいって言っていたし」
「あなたたちは恋人じゃなくて、夫婦なんでしょう。家計のことも考えないと、いつまでたっても夫婦ごっこだよ」
 なぜネクタイや腕時計をプレゼントすることが夫婦ごっこになるのか、美幸には理解できなかったが、その理由を聞くことはしなかった。千鶴が夫婦生活に失敗したからというより、案外間違ったことを言っていないような気がして自分で考えてみたいと思ったからだった。
「何をプレゼントしたら喜んでくれるのかな」
「心のこもった手紙でも書けばいいんじゃないの。帰って来たときテーブルの上にでも置いておけば読んでくれるよ。仲直りをしたいって気持ちが伝われば彼も許してくれるから。それに彼は嫌なことを後々まで引きずるようなタイプじゃないでしょう。帰ってきたときは、納豆のことなんて忘れてけろっとしているわよ。たぶんね」
「手紙か、それもいいかも」
 美幸は良いアイデアをもらったと思った。冷蔵庫の横の棚からポテトチップスの袋を取り出すと千鶴に渡した。ちょっとしたお礼のつもりだった。
「書いたら見せてよ。手直しをしてあげるから。また夕方にでもくるね」
 千鶴はもらったポテトチップスを片手でぶらさげながらパン屋へと戻っていった。陽気にふるまってはいたが、心配してくれているのだろう。帰りがけは何度もふりかえり「がんばるんだよ」と声をかけてくれた。

 午前中に家事を済ませていた美幸はすぐに手紙に取りかかることができた。キッチン前のテーブルに腰掛けると薄青い線のひかれた便せんをひろげた。いまどき手紙だなんて、と思わないわけでもなかったが、Eメールでは気持ちが伝わらないような気がした。情報をはやく伝えるにはEメールのほうがよい。でも気持ちを伝えるにはやはり手書きの手紙のほうが良いと思った。古風と思われても時代遅れと思われてもかまわなかった。千鶴も同じように考えているからこそ、手紙を書いたらとアドバイスをしてくれるに違いない。

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