【ARUHIアワード12月期優秀作品】『約束の日』夏川路加

 武雄が詰め込んだ思い出の断片に触れているうちに、白黒だった俺の記憶も少しずつ色を取り戻していった。そういえば怪獣のフィギュアは、俺が武雄にあげた物だった。単に興味が無かっただけなのだが、武雄はわざわざタイムカプセルに入れるほど気に入っていたらしい。

 そしてタイムカプセルには、手紙も入っていた。後半まで読んで、俺はハッと息を呑んだ。俺の名前が唐突に出てきたからだ。
「この学校に来て一番うれしかったのは、一樹くんが友達になってくれたことです。卒業したらまた別の土地に引っ越すけど、このタイムカプセルを開ける約束の日に、また会えると思ってます」
 俺は夢中で手紙を読み進めた。
「運動会の時、一緒にお弁当食べてくれてうれしかった。自転車で裏山の貯水池の方まで遊びに連れていってくれて、楽しかった」
「……だからいつか、一樹くんが困ったことがあったら、ぼくが助けに行きます」
 手紙を読み終えて、俺はしばらく呆然としていた。さっきの飲み会で聞いた、皆の言葉を思い出す。
 もう亡くなってるかも――。
 噂が本当なら、もう武雄には会えない。だがここまで思っていてくれたなら、俺からもちゃんとお礼を言いたかった。誰かに感謝され、必要とされるなんてそれだけで幸せだし、奇跡的なことだ。たとえそれが、たった一年間の思い出しか持たない友達だったとしても。
 俺はとりあえず武雄の安否だけでも確かめようと、パソコンを起動させた。もしかしたらネットの海のどこかに、足跡を残しているかもしれない。
「えっ……」
 武雄の名前を検索してみると、あっけなくヒットした。真っ先に出てきたのは、真っ青な海でサーフィンをしている男の画像だ。武雄がSNSに上げている写真らしい。色白でひょろひょろしていた頃のイメージは微塵もなく、現在は真っ黒に日焼けしていてたくましい。
 はじめは人違いかと思ったが、記事をさかのぼって読んでみると、俺たちが卒業した小学校の名前が出てきた。卒業年もピタリだ。
「お前、生きてんじゃん……」
 俺は思わず写真に向かって突っ込んでしまった。
 写真の中の武雄は、サーフボードを抱えて笑っていた。安住の地を見つけたかのような、安らぎに満ちた笑顔だった。
 俺はとりあえず、彼にDMを送ることにした。
「久しぶり。三上一樹です」
「約束の日に掘り返したタイムカプセルを預かっているから、住所を教えてくれないか?」


 それから3週間後――。
 俺ははるばる沖縄までやってきた。
「一樹くん! こっち!」
 武雄はわざわざ、空港まで迎えに来てくれた。
「すっかり別人だな!」
 俺が言うと、武雄は顔をしかめた。
「20年ぶりに会ったのに、第一声がそれ?」
「昔はもっと色白で、ひょろひょろだったじゃん」
「確かに。もやしとか言われてたよね」
 俺たちは笑って、握手を交わした。不思議と懐かしい気持ちにはならなかった。一緒にタイムカプセルを埋めたあの日が、つい昨日のことのような気がした。

 空港を出て、そのまま武雄の車で海へ行くことになった。
「タイムカプセル、わざわざ送ってくれてありがとう」
「一緒に掘り出したかったよ」
 ダッシュボードに俺があげた怪獣のフィギュアが、ちょこんと鎮座している。
「まさか武雄が沖縄にいたとはね……」
「今こっちでツアーコンダクターしてるんだ」
「景気が良さそうで羨ましいよ」
「メールにも書いてあったけど、一樹くん、仕事を探しているんだって?」
「まあね。苦戦してる」
「じゃあ手伝ってよ。ぼくの仕事」
 武雄はまるで、飯でも食いに行こう、くらいの軽さで言う。
「そろそろ人手を増やそうかなって思ってたんだ」
「お前、本気で言ってんの?」
 武雄はハンドルを握ったまま、こくりと頷く。
「いつか、こういう日が来ると思ってた」
「そんな簡単に言うなよ」
「簡単なことだよ」
 武雄は顔だけ、助手席にいる俺に向けた。
「子供の頃から色んな土地を転々としてきて、気付いたことがあるんだ」
「え……何を?」
「新しい冒険ってさ、自分でも気付かないうちにもう始まってるんだよ。あとはマップに最初の一歩を踏み出して、流れに身を任せるだけ!」
 武雄は笑って、アクセルをグッと踏み込んだ。
 窓の外にエメラルドグリーンの海が見えてくる。
 俺は約束の日に見た、抜けるような青空を思い出していた。

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