【ARUHIアワード12月期優秀作品】『今日も誰かの記念日』日根野通

 屋鳴の職場と違って、ここはのんびりしている。時間があるのか高柳は世間話に付き合ってくれる様だ。
 「大安さんって、お腹抱えて笑った事あるんですかね。」
 「どうしたの、急に。」
 「いや、ここのところ結構長い時間一緒に仕事しているんですけど、なかなか笑わない。ようやく話はするようになってきたんですけどね。」
 「そりゃそうよ、同じ会社の人間だって笑う姿を見たのは入社3年目でやっとよ。」
 「3年も笑わなかったんですか!?」
 「そうよ、私たちも困ったんだけど、まあ一緒に働いてみれば真面目だし、頭もいいし、なんだかんだで優しいしね。あの子の無表情は普通の事なのよ。」
 「ですね、感情がないわけではない。カレンダーに対する情熱だけはひしひしと伝わってきますし・・・。あの人何であんなにカレンダーに拘り持っているだろう。」
 「さあ。詳しい事は知らないけど、昔「今日は何の日」ってテレビ番組あったの覚えている?あれが大好きな子供だったらしいわよ。」
 噂をすればなんとやら、無表情男から電話がかかってきた。
 「はい小読製作所、高柳です。ああ、大安さんどうしたの。屋鳴さんがお待ちよ。ああ、あらそうなの。じゃ、代わるわね。」
 屋鳴は高柳から受話器を受け取る。
 「はい、屋鳴です。はい、ああそうなんですね。わかりました。じゃ、7時に。」
大安は取引先の訪問が終わっていないため、後ほど落ち合おうという話だった。
 屋鳴はしばらく世間話をして小読製作所を後にした。

 一度営業所に戻り、雑務を終えて、指定された駅の指定された場所に向かう。
 家路に着く人達の背中を染める夕陽がなんだか温かい。
 人の流れに逆らいながら屋鳴がたどり着いた先は、小さな屋台だった。
 暖簾から覘く見覚えのある猫背。
 「お疲れ様です。お待たせしました。なんですか、こんな所に呼び出すなんて、今日は奢ってくれるんですか?」
 屋鳴は先に一杯始めていた大安の横にどかっと座る。
「ああはい、今日は奢りますよ。」
「あら、それはありがたい!おじさん、缶ビール一つ。」
二人は箸を進めながら今日の出来事をぽつぽつと語り合う。疲れた体にアルコールとつまみの美味しさが沁みる。
「そう言えば、例のカレンダー今日サンプル出来上がったんですよね。」
「そう。これ。」
大安から屋鳴に丸められたカレンダーが手渡される。
自分で考えた物が形になって、自分の手の中に戻ってきた。色んな人の力を借りて形になった事を考えると、感慨深いものがある。
 「しかし奇抜な発想でしたね。カレンダーに今までの住宅購入者にとっての記念日を載せるなんて。」
 「極限まで追いつめられて思いついたんですよ。これから新しい家でたくさんの何でもない日を記念日にしてほしい。でもどうやって記念日を見つけるのか。それは先人の経験から学べばいいって。」
 屋鳴が広げたカレンダーは日にちの欄が大きい。写真はその月をイメージさせる爽やかなもので、カレンダーを縁取るように写真が並んでいる。
 「さらに最後のページには来年のカレンダー付き!この日を記念にしようと思ったらブランクの日付欄に書き込めば、あなただけのオリジナル記念日付きカレンダーの完成!」
 「次の年の事まで考えているカレンダーか、至れり尽くせりですね。あ、忘れないうちに。」
大安は、紙袋を差し出した。
 「なんですか。これ、あ!」
屋鳴が袋から出したそれは卓上カレンダーだった。それも下手うまなイラスト入り。どことなく屋鳴をキャラクター化したようなイラストが描かれている。
 来年の分であろうか、ここ数カ月の日付の欄には色んな言葉が書かれている。
 「何これ。屋鳴嫌々カレンダーに関わり始めた日?」
 その日は初めて小読製作所を訪れた日だった。

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