確かに言われてみれば、カレンダーに旅行やデートの予定を書けば、見る度にわくわくする。ひな祭りや子供の日を見ると親戚の子供の成長を願いたくなるし、海の日を見ると夏が来たなと、思う。
カレンダーの存在を当たり前だと思っていたが、それがないという状況が想像できないくらい、当たり前に私たちの生活に根付いているのだ。
屋鳴は黙った。そして考えた。
「・・・もう一度チャンスを下さい。」
その言葉を聞いた大安は相変わらずの無表情だ。しかし少しだけ、満足気な表情を浮かべた様にも見えなくはなかった。
今日も屋鳴は一人事務所に残り残業をこなす。
ふとカレンダーを見てみる。自分の誕生日すら忘れかけたこの一年。友人の誕生日も、家族の誕生日も送れてお祝いのメッセージを送る始末だった。業務とノルマに追われこの一年、一体どれだけ大事な物を見逃していたのか。日々、もっと何か大切にするべきことがあったのではないか。しかし例え時間を戻せても自分は同じように時を過ごすしかないのかな、と思う。この立場にいれば仕事を放ってイベントやらなんやら楽しんでいる場合ではない。会社のシステムだって簡単に変える事はできない。
私には記念日など関係のない話なのだ。
しかし、だからこそマイホームという夢を持って来てくださるお客様には毎日を大切にしてほしい。何でもないある日を大切な記念日にしてほしい。
「でも、私に何ができる・・・。」
ふと大安の言葉が頭をよぎる。
―住んでからのイメージがしやすい―
―暦というものは単なる季節の移り変わりに共通の認識を持たせるだけでの物ではない―
―生活に色をつけるようなもの―
そうか、荒唐無稽かもしれないけどこれは私が作ってみたいもの。売上でも自分の成績でもない。ただ私が形にしてみたいもの、見つかった。
あのおめでたい男に会いに行かなくては。今度こそ認めさせてやる。
勢いよく立ちあがって、時計を見たら夜の9時。もうとっくに帰宅しているだろう。
「あ、企画書作らないと。」
また独り言が事務所に響くが、今度は虚しくなどない。
屋鳴はどかっと椅子に座り、キーボードをたたき始めた。
その日、屋鳴は上機嫌で小読製作所から出て来た。
一方、大安はカレンダー倉庫で屋鳴の企画書を見つめていた。光を反射したメガネで目の動きは見えない。ただ少し嬉しそうな表情を浮かべているように見えなくもなかった。
「はい、屋鳴です。はい、はい。先月の売上の報告をあげろ、ですか。いや先週メールで送ったはずですけど。はあ、見当たらない。分かりました、早急に送ります。」
片手で電話を切って、受話器を叩きつけようとした屋鳴はその勢いを緩めた。
「主任、郵便ですよ。お客様からのアンケート結果ですかね。」
「おお、待っていましたよ。」
屋鳴は封書を手に取り中を確認する。そしてパソコンでなにやら作業を行う。
そんなことを繰り返し、日々は過ぎて行った。
「はい、屋鳴です。ああ、高柳さん。お世話になっております。はい、試作品できたんですか!これから行きます。」
すっかり顔なじみになった屋鳴を小読製作所の面々は温かく迎える。
「ちょうど大安さん出ているのよ。少し待っていてね。」
高柳はお茶を差し出す。