メガネの奥で光る眼光。いったいどうした。やりにくい敵だ。
確かに彼の言うことも一理ある。経費で作った物を無駄に配るわけにもいかない。何かしら結果を出せないといけない。
「分かりました。私の考えが甘かったです。一度企画を練り直して出直します。」
変わらず無表情の大安を背に、屋鳴は少し悔しげな表情を浮かべ、小読製作所を後にした。
事務所に戻って壁にかかったカレンダーを見てみる。
そこには住宅建設に携わる会社の写真と解説が書かれていた。もう過ぎてしまった月の分もページを戻してみてみると、どこの山の木を使っているのか、施工会社の様子や歴史。使用している塗装剤の会社まで載っている。さらにその前の年の分を調べてみると過去に好評だった住宅ベスト12のカレンダーだった。
意外と考えられている。販売促進として機能するカレンダーを、過去の担当者は作っていた。過去の担当者を調べてみると殆どが辞めている事が分かった。ただ、幸いな事に4年前のカレンダーを企画した人がまだ在籍しているらしい。現在は本社で総務の仕事をしているらしいので話を聞きに行く事にした。
彼女、山岸さんは小柄でのんびりとした印象の女性だった。
「大変な仕事を任されましたね。大変なんですよね。あの大安さんからOKもうらうのが。」
やっぱり。あいつはなかなかの強敵なんだ、と屋鳴は確信する。
「でも達成感はすごかったです。しかも1から何かを作り出す喜びを知ったのもあの時ですね。それゆえに今は総務部で社内報を作っているんですけどね。」
充実した様子の山岸さんは、カレンダー作りをきっかけに新しい道を見つけたのかもしれない。
「それで経験者である山岸さんに、お智恵を貸していただきたくて・・・。何かいいアイデアはないですかね。あの無愛想なおめでたい男をあっと言わせてやりたいんですよ。」
「そうね、私の時は分譲地の近くに景色のいい所が多かったから、休日の過ごし方みたいなテーマ―で作ったけど・・・。」
山岸の言葉にふとアイデアが浮かんだ。
そうか、その街に住んだら、というシチュエーションを想像できるよう見せ方か。そう屋鳴は思い、山岸に礼を述べて本社を後にした。
数日後、屋鳴は再び小読製作所を訪れた。
カレンダーの倉庫の主。今回は出迎えもせず事務の女性に通された屋鳴を部屋の奥で待っていた。
「大安さん、企画書です。いかがでしょうか。」
手渡された書類を、無言無表情のまま大安は受け取る。
緊張感漂う沈黙。しばしの静寂の後、大安は顔をあげた。
「屋鳴さん、これは本当にあなたの作りたいものなんですか。」
屋鳴はドキッとした。
「考えとしては悪くない。住宅を売るために分譲地の周辺のお勧めの店と情報をカレンダーにする。住んでからの生活をイメージしやすいし、実際の情報としても役に立つ。しかし、これと似た物は3年前につくられているんですよ。確か山岸さんとおっしゃる女性が担当だったと思いますが。これでは山岸さんの二番煎じです。」
見破られていた。何とも言えないバツの悪さと気恥ずかしさ・・・。確かにこれを作りたいのか、と言われたら、そうとは言えない。
私はただ及第点を取って、終わらせたいだけ。それなのにこの男はなぜそれを許さないのか。
「屋鳴さん、今日は何の日かご存じですか。」
「え、いや。知らないですけど。」
「今日は弊社事務の高柳さんの誕生日です。」
知るかよ!と屋鳴は心の中で叫ぶ。