どこかに出かけるのを付き合えということだ。僕は早く風呂に入って布団に入りたかったが、何か話があるのだろうと父の運転する軽自動車に乗った。
海の見える所で朝日が昇るのを眺めながら、父親の言葉に耳を傾けるなんてベタで嫌だなと思っていたが、残念ながら、ベタな展開になりそうだった。
車は僕らが『フジケン裏』と呼んでいる何かの研究所の裏にある小さな波止場に着いた。
父は車から降りると小型の船が並んでいる方へと足を進めた。僕もそれについて行く。
一艘の船の前で立ち止まると舫綱を手繰り寄せて、軽い身のこなしで飛び乗った。
「ちょっと」
「乗りなよ」
「何してんだよ。勝手に」
「これ、俺の」
「はい?」
「買ったんだ」
「何で?」
父は腕組みをして考えた。まだ太陽は出ていないから暗い。
「海は父ちゃんの家みたいなものだからな」
「それじゃ、あっちの家は?」
僕は自宅の方を指差すと、父は目を細めてそちらを見やった。
「あっちも家だ。両方とも家だ。父ちゃんには二つも家があって幸せだ。ま、数の問題じゃないけどな」
父が自慢げな顔をすると、海が父を肯定したかのように波で船を上下に揺らした。
「そっか」
僕も船に飛び乗った。
父は黙って舫綱を解くとエンジンをかけて船を出した。
太陽の端っこが、海の向こうから覗き始めている。
船が波に逆らうように突き進んで、大きく揺れて自分がどんな状況であるかを思い出した。
僕は海に全部放った。
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