【ARUHIアワード12月期優秀作品】『僕たちの手作り弁当』佐藤勉

「なんだ」
「卒業式が終わったあと、13時に写真部の部室に来てほしいの。贈りものがあるから」
 僕は多くを語らなかった。
「――楽しみにしているよ」

 雲ひとつない快晴の空が広がる、三月の朝だった。卒業式日和だ。春らしい暖かさでコートを用意する必要はない。
 僕は仕事上、作業服が普段着なのでスーツには縁がない。着なれない紺色のスーツを身にまとって、堺と一緒に高校へと向かった。
 ――あるものを持って。
 卒業式は滞りなく11時30分に終わった。僕たちにとってのメインイベントは卒業式ではない。このあとだ。
 約束時間の10分前に、学校の校庭の端にある2階建ての白い建物――部室棟に入った。写真部の部室はこの2階にある。
 僕たちが部室入口に到達すると、由夏と太一郎くんは扉の前で、ほほ笑みながら体を寄せあうようにして立っていた。僕たちのことを部室の外で出迎えてくれたようだ。
「卒弁式に、ようこそいらっしゃいました!」
 ふたりが声をそろえて言った。
「ソツベンシキ?」
「どうぞ、中へ」
 太一郎くんが部室へ入るように促す。
 なにが始まるのだろう。
 僕と堺はゆっくりと部室へと足を踏みいれた。
 部室の壁全面に赤、青、黄色の花飾りが施してあった。部屋全体がパーティー会場のような明るい雰囲気になっている。
 教室の中央にイスが2台ポツンと置いてある。その横にカメラを持った女子生徒がひとり。前方にある教壇の横に、青いファイルを持った男子生徒がひとり立っていた。
 教壇の上の黒板に『卒弁証書授与式』と書いた白い横断幕が貼ってあった。
 ソツベンと声で聞いただけではわからなかったが、横断幕を見て事情がわかってきた。卒弁の弁はきっと「弁当」のことだ。由夏と太一郎くんは3年間の僕たちの行いに対して……。
「山下。これはきっと……」
 堺が僕の顔を見る。彼も同じことを考えていたようだ。
「こちらのイスにどうぞ」
 カメラを持っていた女生徒が僕たちを手で促す。戸惑いながらも、堺とともにイスに座った。
 由夏と太一郎くんが前方のドアから部室に入ってきて、ふたりで並んで教壇の机のうしろに立った。
「これから卒弁証書授与式を行います」
 ファイルを持った男子生徒が、ファイルを見ながら教室全体に響き渡る甲高い声で言う。彼は司会役のようだ。
「堺洋二郎様、山下修治様。教壇の前に進んでください」
 男子生徒からの呼びかけに僕は「は、はい」と言って立ちあがり、少し遅れて堺も立つ。ふたりで並んで教壇へ歩いていく。本物の卒業式と同じ雰囲気だ。教卓を挟んで由夏、太一郎くんと向かいあった。
「卒弁証書。堺洋二郎殿」
 太一郎くんが証書を持ちながら大きな声で読みあげる。
「山下修治殿」
 続いて由夏が読みあげた。娘に敬称付きで呼ばれて緊張した。照れくさくて目を見られない。
 ふたりとも証書を持っているところをみると、それぞれ自分の父に直接渡すようだ。
「あなたは3年にわたり心のこもったお弁当を作ってくれました。感謝の意を表すとともに3年間の業を無事に終えたことをここに証します。若葉高等学校3年 堺太一郎 山下由夏」
 太一郎くんが本文を読みあげた。ふたりは広げた賞状を逆向きに持ちかえて、僕と堺へ丁寧に渡した。
 証書に手を伸ばしたとき、初めて由夏の目を見つめた。普段は僕に見せない優しい笑みを向けてくる。
 自分が昔に経験した卒業証書を受けとるシーンを思い出して、深く礼をしてしまった。娘に礼をするのは初めてのことだ。
 縦書きでシンプルだが、今までにもらった卒業証書と変わらない。氏名は毛筆で書かれており、ふたりの名前の下に朱肉の角印が押してあった。
「続きまして、記念品の贈呈です」
 記念品。あ、もしかして――。
「お父さん、ありがとうございました」

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