彼氏でもできたか?
父親の僕が言うのも変だが、娘は今流行の女性アイドルと比べても引けをとらないくらいかわいい女の子だ。男が近寄ってきても不思議ではないだろう。
18歳はもう子供ではない。わかっているが、父として娘の動向は何歳になっても気になるものだ。
仕方がない。帰ってきたらひとこと注意しよう。
居間で、着ていたコートを脱いでいたとき、玄関扉の開く音に続いて「ただいま」という娘の声がした。
コートをソファーの上に勢いよく投げ捨てると、僕は居間から玄関の方向へ歩いていく。
セーラー服姿の娘は、階段を上ろうとするところだった。
「由夏、待ちなさい」
階段の途中で足を止めた。
「なに」
不機嫌そうな顔でこちらを振りむく。
「夕飯は食べたのか?」
「外で食べた」
「最近、毎日のように帰りが遅いけど、なにかあるのか?」
仁王立ちで腕を組んだまま、彼女をにらんだ。
「別になんだっていいでしょ」
「父親に話せないようなことをしているのか」
ふてくされた目で僕を見る。
「部活よ」
「部活?」
娘は3年間、写真部に所属していた。
卒業を2週間後に控えた3年生に部活があるわけがない。ウソという言葉が一瞬頭をよぎったが、僕の質問に即答したところをみるとそうともいえない。事前に想定しておけば可能かもしれないが、由夏はそこまで用意周到ではない。
「部活は去年に終わっているはずじゃないのか?」
ウソという言葉を使わずに、遠回しに聞いてみた。
「3年生の有志で、卒業制作をしているの。学校の部室で」
「卒業制作? こんな時間まで?」
「本当だよ。疑うんだったら堺くんに確かめてみて」
堺くんというのは、堺の息子である太一郎くんのことだ。ふたりが同じ写真部なのは知っている。
由夏と太一郎くんは、昨年の11月に受けた私立大学の推薦入試に合格して、すでに卒業後の進路が決まっている。
ふたりにとっては余裕があるとはいえ、この時期に卒業制作とは信じがたい。
「もういいでしょ。あたし、疲れているから」
由夏は階段を上り自室へ入ってしまった。
信じたいと思う一方で、娘を疑う自分もいる。ふたつの間で迷いがあったため、それ以上追及できなかった。今度堺と飲んだときに、太一郎くんの様子をさりげなく聞いてみよう。
川本のいつものカウンター席。
「確かに太一郎は最近、帰りが遅い。卒業制作だっけ? あいつも由夏ちゃんと同じことを俺に話していたよ」
おかみさんが作った川本名物の「モツ煮込み」を箸でつまみながら堺が言った。
「ということは、娘の話は事実か」
不安を完全に払拭したわけではないが、僕は胸をなでおろした。
堺は悠長に構えているけれど、帰宅の遅い太一郎くんのことが心配ではないのか。娘と息子の違いか、それとも僕が神経質すぎるのか。
「先日、写真部顧問の伊達先生に電話して一応確かめてみたんだ。先生によると、太一郎と由夏ちゃんは共同でなにかを作っているらしいな。詳しい内容は教えてくれなかったけど」
ふうん。堺もそれなりに気にかけているんだな。まあ、先生が活動を把握しているようなので安心だ。
「そういえば、昨日、太一郎がおかしなことを言っていたな」
堺がジョッキに残っていたビールを一気に飲んだ。
「卒業式が終わったあとに、俺に部室へ来てほしいって」
「卒業式の日に?」
「うん。おまえと俺に渡したいものがあるらしい。それが何かは当日のお楽しみだって」
卒業式は来月の3月6日だ。
ふたりで作ったものだろうが、いったいなんだろう。
由夏から正式に話があったのは翌朝だ。
「お父さんに話があるんだけど」
彼女とふたり、自宅のキッチンで朝食をとっているときだった。