多くの人にとって、不動産取引は一生に1~2回です。30~40代に購入したマイホームを、老後に相続や何らかの理由で売却しなければならないこともありますが、それで取引は2回です。大きなお金が動く不動産取引ですが、その仕組みは一般の人にはわかりづらいものです。わかりづらい一つの例として「両手取引」と「片手取引」について取り上げます。
「両手取引」と「片手取引」とは
マンションや中古住宅を購入するとき、あるいは今住んでいる自宅を売却するとき、いずれも不動産仲介会社に依頼するケースがほとんどです。その不動産取引には、「両手取引」と「片手取引」という2つの取引形態がありますが、不動産業界用語なので一般の人には聞き慣れない言葉でしょう。
両手取引は、1社の不動産仲介会社が、売主と買主の両者の仲介をする形態で、両方の代理人を務めることになります。
片手取引は、売主側に1社、買主側にも1社が立ち、売買に際して間に代理人として2社が入る形になります。
不動産の売買が成立すれば、仲介手数料の支払いが発生します。仲介手数料の法定上限は「3%+6万円」ですが、両手取引の場合、不動産会社には売主と買主の両方から手数料が入ります。片手取引では、売主か買主のどちらか一方からの手数料となります。
つまり、1回の取引で両手取引は片手取引の2倍の利益が得られるということです。
らくだ不動産は不動産売却セミナーを行っており、そのセミナーで講師の村田洋一氏は、両手取引についてこう指摘しました。
「不動産売却をお願いすると、『他社さんにも紹介しておきます』と話す営業マンがほとんどですが、実際にはほとんどやりません。広く広報すれば、それだけ良い買い手が見つかるはずなのにやらない。両手取引は手数料収入が倍になるので、自分で買い手を見つけたいからです」
また、片手取引では、間に入る2社によるプロ同士の交渉になるので、売り手が高く売ろうとしても、相場を知っている買い手が納得しないケースがあるといいます。
「プロ相手に相場以上の金額で交渉するのはむずかしい。ビジネスがうまくいかなくなって、片手取引をやめて両手取引だけやっている不動産仲介会社もたくさんあります」(村田氏)
両手取引は、売主側の立場なのか買主側の立場なのかが曖昧なので、海外では利益相反行為になると考えられるのが一般的です。
もし、あなたが気に入った物件を営業担当者が明確な理由もなく「やめたほうがいい」と否定したり、気に入ってもいない物件を不自然なくらい推してきたら、仲介手数料に関する大人の事情が関係しているのかもしれません。
過去には大手不動産会社の「囲い込み」が問題に
売主から不動産売却の依頼を受けた不動産仲介会社は、全国4ヶ所の不動産流通機構が運営するネットワークシステム、レインズ(REINS=Real Estate Information Network System)に物件情報を登録することになっています。
不動産業界全体で情報共有し、できるだけ早く買主が見つかるようにするためです。不動産仲介会社が故意に情報を隠したり独占することは法律で禁じられています。
SUUMO(スーモ)やオウチーノのように物件情報を検索できる一般のWebサイトはたくさんありますが、レインズは登録した不動産会社(宅地建物取引業者)しか閲覧することができません。
マイホームを探している人が不動産会社に購入依頼を出すと、不動産会社はレインズのホストコンピューターにアクセスして不動産情報を検索します。
ところが、「○○の物件に興味を持っているお客様がいるので物件を案内させてほしい」と連絡が入っても、「すみません、すでに他のお客様と交渉中です」と嘘をつき、紹介を断る不動産会社があるといいます。もし、その問い合わせの客が買い手に決まれば、売却物件を扱う不動産会社には、売主からの手数料しか入りません。両手取引に持ち込むには、時間がかかっても自社で買い手を探す必要があるからです。
こうした行為は、自社で物件をつかんで放さないことから、「囲い込み」と呼ばれています。
両手取引しない会社も登場。業界に改善の兆しは?
日本ではまだまだ両手取引をしている不動産会社が多数ですが、最近では「両手取引せずに不動産取引の透明化」を謳う仲介会社も登場しています。その代表が、SRE不動産(旧ソニー不動産、東京都港区)と、らくだ不動産(東京都渋谷区)です。
不動産コンサルタントの長嶋修氏はこう話します。
「両手取引をしないと公言している仲介会社は日本ではまだまだ少数派です。ちなみに、アメリカで囲い込みは禁止されており、両手取引が行われないのは、通報されるとペナルティがあるからです。日本のレインズのようなデータベースが使えなくなります」
長嶋氏によれば、アメリカのいくつかの州とリトアニアでは、不動産取引にブロックチェーンの仕組みを取り入れた実証実験が始まっているそうです。
ブロックチェーンは、ネットワークに接続した複数のコンピュータによりデータを共有することで、データの改ざんを防ぎ、透明性を実現することです。ビットコインをはじめとする暗号資産(仮想通貨)の基盤となる技術として発明されたものです。このように、ITによる完全な透明化が実現すれば、囲い込みはできなくなります。
日本でも2018年11月に「一般社団法人不動産テック協会」が発足するなど、不動産取引へのIT活用の萌芽が見られます。古い取引慣行が残っている不動産業界がどこまで変われるのか、今後も注目です。
<取材協力>
(最終更新日:2020.02.10)