僕は正論を額に飾って講釈を垂れて。
カビの生えてしまった絵を永遠と言い訳してる。
でも彼女の描く絵はいつも新鮮。
感情生々しく、何時までも乾かない色を留めていて。
その色は、この星の蒼さに似てるって知っている。
だから悪いなと思うんだ。
そんな君が、僕の腕の中に来てしまう事をさ。
もう店内は由香里の世界。
思うがまま。近隣から集められた材料という名目のガラクタ達に飾られ始め。
貴之が目指した夢の城は、良く言えばお菓子の家へと変貌してしまったのだ。
今も近所の男性が持ってきた跳ね上げ式の大きな車庫の扉。それを開けっぴろげの店の正面に据え付けている。
開ければ屋根代わり、閉めれば防犯バッチリ。そう汗だくになって設置を手伝う由香里が言うのだ。
「よし! これでがっちりと設置できたぞ!」
「やった! ねぇー貴之く~ん。この扉、いいしょ? 一回閉めてみるねー」
そう言って由香里と男性が上がっていた扉を掴んで思いっ切り下ろす。
ドーーン!!
扉は長すぎて途中で地面に引っ掛かった。
「……あっ」
あ、じゃねぇよ。どう見ても高さに対して長すぎるだろ、その扉。一体どこに設置してあったんだ、こんな大きな車庫の扉。
「ちょっと切ろう。うん、切ってしまおう」
「そだね、そだね。私、オノ持って来るわ、オノ」
いや“ノコ”だろ。ちょっと怖いこと言うな。
「……由香里ちゃーん。ウッドデッキの材料持って来たけど何処に置くー?」
「あー、そこら辺に投げといて~」
もはや貴之は暴走を止める気力を失っている。唖然として変貌していく店を見つめるだけだ。
しかもこれだけの大人数。よくこれだけ近所に知り合いがいたもんだと由香里に感心した。
そんな茫然自失の貴之と、馬車馬の様に動く由香里を見ながら虎太郎がクスクスと笑いながら言うのだ。
「本当に二人はお似合いだよ」
「はぁ??」
こんな時にこの人は何を言っているんだ? 思わず分からないと怪訝な顔を見せる貴之。すると虎太郎は周囲を見廻しながら語る。
「ここに来てる皆は一度は店に来てるか、または有るのは知っていた人達なんだ」
「はぁ……」
「それは貴之君の御陰だ。君は随分と彼方此方に挨拶に伺っていたからな。発信力は大したもんだと感心するよ。でも……」
「でも?」
「……何だろうなぁ。この店の扉の前に来ると、何故か開けづらくなっちゃんだよな。ついつい緊張してしまうと言うか。そう……畏まってしまう感じだな、うん。だから店を知っても入ってこない人も沢山いたと思うよ」
そう言って虎太郎は由香里を指差した。
「そんな時に彼女が中から開けてくれるんだ。扉をね。軽妙に、あっさりとね。由香里ちゃんのあの受け入れる才能って言えるのかな? あれは凄いと思うよ」
言われて貴之は由香里の方を見た。
今も彼女の周りに大勢の人。これだけの人が店に訪れたのは初めて事だ。あの壁を取っ払った途端に。
「貴之君さ。俺はさ、思うんだよね。アットホームと言っても只の雰囲気なんだよね。本当の我が家はさ。そう出迎えてくれる、中から扉を開けてくれる人がいるのが、そうじゃないのかなとね」
虎太郎はよっこらせと立ち上がると背伸びをして息を吐いた。
「さてと、ウッドデッキを作ってしまうか。材料があるからあっと言う間に仕上がる。……君の発信力と彼女の出迎えがあれば、きっと人は集まるよ」
そう言い残し、虎太郎は腕を回しながら由香里達の輪に入って行った。
今更ながらに貴之は考える。
由香里のとんでもなさは昔から変わらない。決してそこが好きではない。
只、それが今までの自分の中にあった壁を壊してくれるのではないかと期待した。今日、あの壁を破壊した様に。
最初はそれで彼女に興味を持ったと思っていた。
でも違う。本当は彼女が受け入れてくれたから、出迎えてくれたからかも知れない。
それは由香里の心の扉なのか、それとも自分の方がこじ開けられたのか。
どちらでも構わないが、好きになった瞬間はそれだったと貴之は思い出していた。
ノコ片手に額の汗を拭いながら由香里が言った。
「よし、今度こそ大丈夫! 貴之くーん、見てて、見てて! 扉を閉めるからねぇ~」
そうして由香里は短くした跳ね上げ式の扉を力一杯に下ろす。
ドーーン!!
また引っ掛かった。今度はウッドデッキを設置した分、地面の高さが嵩上げされていたのだ。
「……あっ」
流石にその姿に微笑むなんて出来ず、貴之は頭を抱えてしまうのだ。
――太陽に照らされる彼女の瞳に映るもの。
コバルトブルーの地球なんだ。
瞳に収まる世界を見つめると、僕はなんて小さいと知らされる。
愛という時空に彼女といれば、その優しさに甘えてしまう。
僕は飛んでくる所を間違えた流れ星さ。
さっさと消えてしまって良かったんだ。
でも見つけてしまった彼女の瞳のもう一つの世界。
そうさ君は宇宙人。本当に凄いんだから。
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