この宙で僕は生き辛いんだってことを。
でも笑いながら彼女は言うんだ。 ヘルメット取ってくれなきゃ、キスできないじゃないと。
そんな悩ましいことを言う彼女の唇は。
覚悟決めちゃうくらいチャーミングなんだ。
暫くして、片づいたと言った由香里と一緒に一階に降りる貴之。
綺麗に片づけられていた、確かに。
崩れ落ちた瓦礫。穴の空いた壁。入口側の窓も扉も。
つまりは由香里が穴を開けた壁の一切が綺麗さっぱり無くなっていて、通りに面して店の中が開けっぴろっげになったのだ。
「お、お、おい。か、壁が……」
「うん。綺麗に片づけた」と由香里が微笑んだ。
「片づけたって、これ、穴デカくしただけじゃないか!!」
「違うよ~埋めるよりも無くした方が早く仕上がるって、虎太郎さんが」
それを聞いて店のカウンターでコーヒー片手に一服していた虎太郎が反論する。
「いや由香里ちゃんが“貴之君はオープンテラスにしたかったんだよ”と言うから、だったら無くしてもいいんじゃねぇと返しただけで……」
いやオープンにしても開けすぎだろ、これ。ただの建築途中だって。
どっちが主導かはどうでも良かった。もうここが外か店の中かが分からぬ光景。混乱状態で漫然と見渡すしかない貴之。
しかし、ある物が無いのに気付いた。
「……あれ? 此処にあった柱はどうした……」
「え? うん、退かしたよん」
「退かしたって……」
「ついでに取っ払っちゃった。貴之君、店の中心にあって邪魔だって言ってたじゃん。だから切っちゃった」
それを聞いて貴之は真っ青になった。
「バカ!! あれはここの支柱だから退かせないんだって言ったじゃないか!」
「え??」
言われて由香里と虎太郎は慌てて店の外に出て建物全体を確認。
二人して見上げながら、あーと言う顔をしていた。
そして店の中に残る貴之に向かって由香里が声を挙げて言うのだ。
「貴之く~ん、大丈夫だよー。ちょっと建物、中心に向かってたわんでるけど……大丈夫だって~虎太郎さんが言うには~」
そう言いながら二人は絶対に店の中に戻ろうとしなかった。
「ヤバいんじゃねェか! 絶対に!」と貴之も慌てて外に飛び出していた。
「いや~、由香里ちゃんが絶対に大丈夫だって自分で切り始めたから……やっぱヤバかったなぁ」
あんたプロだろ!? ちょっと考えれば分かる立場だろが! 貴之は思わず虎太郎を睨んでいた。
「しかし取り敢えず支えておかないといけないな。貴之君、何か支え棒になるような物がないか?」
いやアンタの責任もあるんだから自分で探せよ。そう思いながらも貴之は何かないかと周囲を見廻すが適当な物は流石にない。
右往左往していた三人。それを見かねた様に話し掛ける人物がいた。
「おう、由香里ちゃん。一体なにしてるんかね?」
訊いて来たのはスキンヘッド頭、白髪交じりの長い眉が目立つ男性だ。
「あっ、慶二さん。ちょっと大変なんですよ~、これ見て」
慶二さん? ああ一度は店に来てくれた人だっけ。貴之には見覚えはあったが詳しく素性を知らない人物。ご近所だと知るだけだ。
「どれどれ……おっ! 壁が無くなってるじゃないか! それに建物がたわんでいないか? 危ないぞ」
「そうなんですよ~、どうするんですかねぇ~」
いや、お前が切った結果だろが! 何でいつも他人事なんだ!?
「こりゃ何か支えるもんを入れないとマズいなぁ」
「慶二さん、何かありません? ゴッと突き支えるようなもん」
考え込み店の中の様子を見ていた慶二さん。ぽんと手を叩いて何か思い付いたようだ。
「そうだ。ウチにあるやつ持って来ればいい。差し当たって使わんもんだからな」
「ホント!? 慶二さん、助かる~」
「待ってな。運んで来たる」
そう言って慶二さんは慌てて戻って行くのだが、傍で話を聞いていた貴之は気になった。
今、由香里は“ゴッと突き支える”と聞いてたが……そんな聞き方あるか?
「なあ、由香里。あの慶二さんて何やってる人なんだ?」
「うん? ああ、石材屋さん」と彼女は笑顔で言った。
清々しく笑う由香里に一抹の不安を抱く貴之だった。